しゅごキャラ!/そういうトコも好きなんだけど(1)


「はぁ」

 喫茶店の屋外テーブルに腰かけたりまは、目の前に座る亜夢の顔を見てため息を吐いた。

「何? 何かついてる?」

「別に」

 亜夢の質問に顔を背けて、りまは答える。そして再度、亜夢の顔を見て、はぁ、と息を吐いた。

「だから、何!?」

「何でもないったら」

 絶対に何かある、とは思ったが、りまは亜夢の顔を見てため息を吐くだけで、何も答えない。そんなりまに、亜夢もため息を吐きたくなる。

「何してるの、あむ?」

 背後から、歌唄が顔をのぞかせた。

「友達も一緒だったのね」

 りまに気づいて、歌唄はそう言った。歌唄の姿に、りまの表情は、ぱぁっと明るくなった。

「聞きたいことがあるの」

 言って、りまは亜夢の隣に座る様に、歌唄に指示する。言われた通り、歌唄は首を傾げながらそこに座った。

「歌唄の彼氏って、空海よね?」

「え?」

 唐突に訊かれ、歌唄は目を丸くしながら、ええ、と頷いた。

「空海って、巧い?」

 真顔で、りまは歌唄を見据える。

「巧いって……。もしかして、アレのこと?」

 歌唄の言葉に、りまはゆっくりと首を縦に動かす。二人の中では、話が通じたらしいのだが。

「アレって、何?」

 亜夢には、一切通じていなかった。そんな亜夢を無視して、りまと歌唄は話を進める。

「巧いかどうかなんて、わからないわ。他の人を知らないから」

「そうか。そうよね」

 歌唄の言葉に納得して、りまはそれ以上は言わずに肩を落とす。

「何が、聞きたかったの?」

「……」

 しばらく考え込んだ後、りまは意を決して口を開いた。



 歌唄とりまの会話の間に挟まれ、亜夢は顔を赤く染めていた。大人の話題に、ついて行けない。

「そう。あなたの彼氏……なぎひこ、だっけ? すごく早いんだ」

 口元に手を当てて、歌唄が呟いた。

「ええ。着けてる間に萎えちゃうこともあるの。そういうときって、ホントにテンション下がる」

 本日、何度目かのため息をりまは吐いた。本人は、真剣に悩んでいるらしいのだが。

「空海は……早くはないけど。でも、避妊はしないわよ」

 きっぱりと、歌唄はそう言い放つ。

「なぎは100%避妊するわ。でもモタモタしてるから、さあってときには、こっちが冷めちゃってたり。挿れた瞬間ってことも、多々あるの」

 目の前に置かれたアイスティーを飲んで、りまは喉を湿らす。りまは、このことをずっと悩んでいたらしいのだが。亜夢に打ち明けることができなかったようだ。

「あ、あの……さ」

 二人の話を黙って聞いていた亜夢が、間を割って口を開いた。

「あ、あたし、帰ろうか? その……話に、入れないし」

「……そう言えば、変よね」

 亜夢の顔を見てから、歌唄はりまの方を向く。

「どうしてあむには相談しなかったの?」

 歌唄の質問に、りまは一呼吸おいてから答えた。

「だって、イクト巧そうだもの。あむには縁遠い悩みだわ」

 そのりまの言葉に、歌唄は、かちん、と来てテーブルに手を叩きつけて立ち上がった。

「そ、それって、空海が下手に見えたってこと!?」

「そうよ」

 あっさりと、りまはそう言った。それに、更に歌唄の頭に血が上る。

「悪いけど! 空海は、あたしを十分満足させてくれてるし。アンタみたいな悩みは、これっぽっちもないわ!!」

「何よ、それ」

 今度は、りまが立ち上がる。

「避妊もしない体力馬鹿と比べないで! なぎひこは、いつだってあたしのことを考えて、それで必ず避妊してくれるんだから」

「空海だって、あたしのことを常に考えてくれてるわよ!! 体力馬鹿かもしれないけど、だからこそ早くはないわっ」

 二人の対立に、亜夢は間に入ることさえできない。周りの客がざわざわと騒ぎ始め、視線がこちらに集中する。逃げ出したい気持ちを抑え、亜夢は両手で顔を覆って下を向いた。恥ずかしくて、前を見ていられない。

「何の、話題だ?」

 二人の間を裂くように、声が入った。向くと、そこには。

「く、空海……」
「……なぎひこ」

 呆れた表情の空海と、はにかんだ表情のなぎひこ、そして背中を向けた唯世の姿があった。

「恥ずかしいったらねーよ、歌唄」

「あんまり、大きな声でする話題じゃないよね、りまちゃん?」

 空海となぎひこが続けて言うと、かぁ、と一瞬で歌唄とりまの顔が真っ赤に染まる。鶴の一声、とは正にこのことだろう。

 ポケットから財布を取り出し、空海は机の上にお金を置いた。

「日奈森、会計頼むわ。歌唄、帰るぞ」

 被っていた帽子を取って歌唄に被せると、空海は歌唄の手を取ってすたすたと歩き出した。

「じゃ、あむちゃん。これ、お願い」

 同じように机の上にお金を置いて、なぎひこは亜夢を見て微笑んだ。そしてりまを向き、手を差し伸べる。それに縋るように、りまは飛びついて手を掴んだ。

 その場に残された亜夢は、取り敢えず渡されたお金を握り締め、レジへと向かった。たぶん、この店に来ることは二度とないだろう。

 店を出ると、一人の人物が亜夢の視界に入る。

「……唯世くん」

 空海となぎひこに置いていかれた唯世は、同じく歌唄とりまに置いていかれた亜夢を待っていたらしい。唯世に歩み寄ると、帰ろっか、唯世が微笑んだ。それにつられるように亜夢も微笑み返して、二人は家路に着く。

「いつからいたの?」

「少し前だよ。あむちゃんたちが見えたから、驚かそうと思ってそっと近づいたんだけど。逆に、驚かされちゃった」

 はは、と苦笑いをしながら、唯世は言う。この苦笑いの意味は、聞かなくてもわかる。つまり、歌唄とりまが怒鳴り合っていたときの会話を全部聞いていた、ということだろう。

「は、恥ずかしい話題だよねぇ。こっちの方が恥ずかしかったって」

 釣られて笑いながら、亜夢は言った。すると、ぴたっと立ち止まり、亜夢の名を呼んで唯世は俯いた。黙って、亜夢は唯世を向く。

「あむちゃんは……、その……。イクト兄さんと、そういう関係、なの?」

「――…!」

 思いがけない唯世からの質問に、亜夢の顔が赤く染まる。そういう関係、とは、やはり。

「え、えっと……。それって、その……」

 両手で頬を包み込み、亜夢はしどろもどろになりながら口を開く。そんな亜夢に、唯世も顔を真っ赤に染め上げて、言った。

「あ、いや。その……。だから……、えっと……」

「やってるかやってないかって?」

「そう!」

 思っていて口にできなかった答えが聞こえて、唯世は思わず頷いたのだが。
 それは、亜夢の声ではなかった。

「い、イクト兄さん……」

 幾斗が、唯世の背後にいた。亜夢と唯世の会話を聞いていたのだろう。

「悪いな、唯世」

 亜夢に近づき、肩を抱いて幾斗は唯世を向く。

「他の物なら、何だってくれてやる。でも、あむだけは渡せない」

 幾斗は亜夢の肩を抱いたまま、足を動かした。

「ああ、それから」

 立ち止まり、幾斗は顔だけ唯世を向く。

「さっきの答え、イエスだ」

「え?」

 さっきの答え、とは。つまり、そういう関係かどうか、という質問の答えのことだろう。
 イエスということは、二人は、契り合った仲、というわけで。

 解釈した瞬間、想像してしまった。思わず、唯世は耳まで赤く染め上げる。そうして一人残された唯世の足元に、大粒の血が滴った。
 興奮して、鼻血が出てしまったようだ。経験のない唯世には、想像するだけでも刺激的だったらしい。

 淫らな亜夢を想像して、恥ずかしくなったのと同時、虚しくなってしまった。

◇ ◇ ◇


 公園の公衆トイレの中から、卑猥な口づけの音が響いてくる。それからりまの、甘く切ない声も。

「な、なぎひこ……」

 はぁ、と息を乱して、虚ろな目でりまはなぎひこを見つめる。

「早いのは認めるけど、さ。りまちゃんが満足してないだろうなってのも、気づいてたけど。さっきのは、ちょっとショックだったな」

「!」

 なぎひこの呟きに、りまは眉間に皺を寄せた。

「そ、そういうつもりじゃ……!」

「じゃ、どういうつもりだったの?」

 意地悪そうな笑みを浮かべて、なぎひこはりまの頬にキスを降らせる。

「……ごめんなさい」

 俯き、しょんぼりとしてりまは謝る。どんな言葉を並べてみても、所詮言い訳にしかならない。

「とりあえず」

 言って、なぎひこはりまの手を取り、甲に口づけた。

「愛想をつかされないように、頑張るよ」

「……」

 ウインクをしたなぎひこの胸の中に、りまは顔を埋める。

「……愛想なんか、つかすわけないじゃない」

「え?」

 驚き、なぎひこは聞き返す。

「愛想なんか、絶対につきない。だって……」

 なぎひこだけなんだから、と言おうとした言葉ごと、なぎひこは覆うようにりまに深く口づけた。りまがなぎひこの背中に手を回すと、それを合図にしてなぎひこはりまの服の隙間から、手を忍ばせた。

◇ ◇ ◇


 歌唄は、空海の腕の中に身を埋めていた。そうして目を瞑り、空海の心臓の音を聞いていたら、睡魔に襲われてきた。ふわ、と優しく空海が歌唄の髪を撫でて、はっとしたように歌唄は目を開けた。

「体力馬鹿だから、1回じゃ物足りない」

「……っ」

 空海の言葉に、歌唄の顔が瞬時に赤く染まる。それと同時に慌てて、歌唄は弁解した。

「ち、違うのよ。そういう意味で言ったんじゃ……」

「わかってるよ」

 歌唄の額にキスをして、空海は歌唄に微笑みかける。

「十分、満足してるんだろ?」

「!」

 にやにやしながら歌唄を見つめる空海の目が、何だか悔しい。空海の腕の中で身体を回転させ、空海に背中を向ける。

「もう。どこから聞いてたのよ」

「歌唄が机に手を叩きつけて、立ち上がったとき。それまでの会話は、聞き取れなかった」

 背中を向けた歌唄を、空海はゆっくりと抱き締める。

「嬉しかったよ、あの言葉」

「え?」

 振り向いた歌唄の唇に、空海はそっと自分のそれを重ねた。

「俺だけが満足してるって思ってたから」

「……」

 一言だけ言って、空海はまた深く歌唄に口づける。

「いつも、満足してる。すごく、気持ちいいわ」

 徐に、歌唄は体を空海の方へ向けた。そうして口づけたまま、空海の背中に手を回す。

「避妊、しないといけないのはわかってるんだけど」

 ふぅ、と息を吐いて空海は言った。

「直に、歌唄を感じたい」

「……いいのよ」

 空海の言葉を覆うように、歌唄は空海に唇を重ねた。

「避妊なんか、しなくても」

「……」

 本当は、避妊をして欲しい。でも、空海がそう望むのなら。直接触れ合いたいのは、歌唄も同じだから。

 そういう歌唄の気持ちが伝わり、空海は歌唄が愛しくなって抱き締める腕に力を込めた。

「やっぱ、もう1回……」

 歌唄が頷いたのを確認して、空海は歌唄に覆い被さった。