しゅごキャラ!/そういうトコも好きなんだけど(2)
「ねぇ」
「ん?」
亜夢は、肩に圧しかかる重心が気になって仕方なかった。
「肩。いつまで抱いてるの?」
言うと、ああ、と初めて気づいたかのように、退けて欲しい亜夢の気持ちとは反対に、幾斗は手に力を込める。
「それに、さっきの。なんで、唯世くんに、あんなこと……」
「事実だろ?」
さらっと強気な表情で、幾斗は言ってのける。く、と唇を噛み、亜夢は下を向く。幾斗と一線を越えた、という事実。それは間違いではない。だが、それを唯世に知られてしまうのが恥ずかしかった。
「……やっぱり」
ぼそ、と幾斗が口を開く。
「まだ、唯世のことが好き?」
切なそうな表情で問う幾斗に、亜夢は言葉を失くしてしまう。
「ち、違うよ。あたし……、あたし、ちゃんとイクトのことが……」
言おうとした亜夢の唇を、幾斗が自分のそれで塞ぐ。亜夢が目を丸くすれば、幾斗は、ふ、と優しい目を向けた。
「……ちゃんと?」
「え? あ、いや……。だから……」
弾みで出そうになって言えなかった言葉が、催促されると言えなくなってしまった。しどろもどろになって戸惑う亜夢の耳元で、そっと幾斗が囁く。
「今日、遅くなっても平気……?」
言葉の意味を理解して、亜夢は、かぁ、と顔が火照るのがわかった。恥ずかしくて俯いたまま、それでもわずかに首を縦に振ったのを、幾斗は見逃さない。
「ありがとう」
言いながら亜夢の額にキスをして、幾斗は亜夢の肩を抱いたまま、自分の家に向かった。
まだ唯世を想っていても。それ以上に、忘れられなくさせてやる。そう思いながら、その日、いつもよりも激しく幾斗は亜夢を抱いたのだった。
◇ ◇ ◇
「りまが、ね」
「ん?」
産まれた姿のまま幾斗と共に彼のベッドに横になりながら、亜夢はりまの言葉を思い出していた。
「イクトは巧そうだって言ってたの」
「……」
女同士で、一体何の話をしているのか、と疑問に思いながら、幾斗は自分の腕の中にいる愛しい亜夢を見つめた。きっと、亜夢にはりまの言葉の意味がわからなかったのだろう、と亜夢の言葉から幾斗は解釈する。
恥ずかしそうに幾斗を見つめる、大きな黄色の瞳。潤みかかったその瞳に、誘われているのか、と変な錯覚を起こして幾斗の下半身が意識を持ち始める。
「それって……、その……」
耳まで真っ赤に染め上げて、亜夢は幾斗の胸に顔を埋める。そして幾斗の目を見ないように、呟いた。
「さ、最中のこと、だよね?」
「たぶんな」
亜夢の質問に、一呼吸おいてから幾斗は答える。思っていた通りではあったが、答えに亜夢の顔は益々赤くなる。
「う、巧いとかって、あるの?」
幾斗しか経験のない幼い亜夢には、幾斗が巧いのか下手なのか、まったくわからなかった。していることはみんな同じなのに、何を基準に巧いか下手に分類されるのだろう。
「難しい質問だな」
桃色の髪を手で梳きながら、幾斗はそっと亜夢の額に口づける。
「あむは、どう思う?」
「え?」
不意に質問されて、亜夢は戸惑う。幾斗を見ると、優しく亜夢を見つめていた。どう、と聞かれても。返事に、困る。
「巧いと思う?」
「そ、そんなの、わかるわけないじゃん!」
艶っぽい目で問われ、どきん、と心臓が波打ったのを隠すように亜夢は慌てて声を発す。恥ずかしくて、幾斗の顔を直視できなくて。亜夢は、幾斗に背中を向けるように寝返りを打った。
「あむが、どう思ってるか……だぜ?」
「え?」
背中から優しく亜夢を抱き締め、幾斗は亜夢の首筋に吸いつく。一瞬だけ吸う力を強めると、亜夢の白い肌にほんのりと花弁が咲いたようにそれはついた。
「もぅ! そこ、見えるっ」
キスマークをつけられたことを察し、吸いつかれたところを慌てて手で隠す。
「見えないところなら、いい?」
優しい笑顔でそう問われると、亜夢は断れない。この瞳に、亜夢は弱い。これが幾斗の作戦だとわかっているのに、拒否できない。
「――…っ」
亜夢の背中を這っていく幾斗の舌触りに、ぞくっとする。変に力が入る亜夢の肩を両手で掴んだまま、幾斗は自分の舌を滑らせていく。時には舐めるのを止め、軽く吸いついて花弁を咲かせ、そうしてまた舌を這わせていく。
亜夢は羞恥のあまり、瞳を瞑ってそれに耐えていた。恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうなのに、どこか止めて欲しくない、と思う自分がいて。それに気づくと、亜夢はもっと恥ずかしさを増した。穴があったら入りたい衝動に、駆られる。
「どう?」
不意に幾斗は舐めるのを止めて、一番最初に亜夢につけた花弁にキスをした後、亜夢を優しく抱き締めた。
「どう……って、何が?」
ばくばくと脈打つ心臓の音を気づかれたくなくて、亜夢は回された幾斗の腕を、そっと胸より上の首の位置まで持ってくる。
「気持ちよかった?」
「……」
死にそうなほど恥ずかしかったのに、止めて欲しくなかった。それはきっと、幾斗の言葉通り、気持ちよかったからだろうと思う。
だけど、ただ頷くのは負けた気がする。そう思って頷かずにいたら、今度は耳朶を甘噛みされて、亜夢は身を捩った。
「止めてよっ」
顔を真っ赤にして叫ぶ亜夢が、かわいくて仕方がない。もっと、苛めたくなる。
「だって、あむが答えないから」
く、と喉の奥を鳴らして、亜夢は幾斗を睨む。
「……言いたくない」
唇を噛み締め、それだけ言うのが精一杯だった。
「ふぅん」
意味深な幾斗の表情に、イラっとする。
「何?」
きっ、と睨めば、幾斗は柔らかい桃色の髪に顔を埋めた。
「気持ちよかったけど、言うと負けた気がするから言いたくないんだろ?」
全部わかっている、という顔つきで。亜夢は、悔しくて堪らない。こんな意地悪な幾斗に翻弄されたり、ちょっとした仕種にも動揺してしまう自分に。そして、そのすべてを理解されている事実に。
「で、どうだった?」
「……」
亜夢は頭からシーツを被り、幾斗に背を向けていた。実際に感じてみろよ、と幾斗はあれから、亜夢に触れてきたのだが。
「あーむ」
布団の中で、幾斗が亜夢に擦り寄ってくる。それでも亜夢は、幾斗を向かない。
亜夢の怒りも、もっともで。最中にあんなに苛められたのは、初めてだった。
「……も、イクトとはしない」
やっと搾り出した亜夢の言葉に、幾斗はムッとする。
「じゃあ、唯世とはするんだ?」
「そんなこと、言ってない!」
「イクトとはって言っただろ」
幾斗の言葉に、亜夢は目尻に涙を溜めて目尻に皺を寄せた。
「俺は、こんなにあむのことが大好きなのに」
「……」
その、たった一言で。
すべてを、忘れて許してしまいそうになる。気が狂いそうなほど、心に響く言葉で。幾斗にとっては何でもない一言なのに、こんなにも心が大きく揺れる。
身を捩り、亜夢は自分の肩越しに幾斗の表情を見た。傷ついているのだろうか、と思わせる切ない表情に、亜夢の心が痛む。
そのまま身体をぐるりと回して、亜夢は幾斗を向いた。顔を合わさないようにして、亜夢は幾斗の首に自分の腕を絡ませる。
「……あんまり、苛めないでよ」
「悪い」
胸で呟く愛しい亜夢を、幾斗は優しく包み込むように抱き締める。
「あむが、かわいいから」
「……かわいくなんか、ないよ」
幾斗の言葉に反論するように、亜夢は答える。こんなに天邪鬼な女の子、かわいいはずがない。それでも幾斗は、かわいいよ、と繰り返し言って亜夢の額に口づけた。
「あむは、さ」
「ん?」
顔を上げて幾斗を見れば、そっと軽く唇が触れた。
「俺とするの、嫌?」
「……」
口を閉ざし、ゆっくりと首を横に振る。
「気持ちよくない?」
「……」
続けての質問にも、亜夢は同じように首を横に振る。嬉しそうな表情をして、幾斗は身体を起こした。
そうして亜夢に覆い被さるように、亜夢の頭の両側に肘をつける。
「それで、いいんだぜ」
「……え?」
意味がわからずに目を丸くする亜夢の唇に、幾斗のそれが重なる。幾斗の舌が、まるで蛇のように蠢いて亜夢の口内を彷徨う。
そうして目的の物を見つけたそれは、自身と執拗に絡めさせて亜夢の思考を停止させた。こんなの、もう、幾斗のことしか考えられない。
「俺が巧いとか、巧くないとか。問題は、そこじゃない。要は、あむが俺を感じて、気持ちよくなってくれてるかどうか」
「……イクトを、感じて?」
「そ」
先ほどとは対照的に、今度は触れるだけの軽いキスを亜夢に贈る。
「あ……、じ、じゃあ、避妊……は?」
「え?」
「その……。いつも、してるの?」
頬を真っ赤に染め上げて言う亜夢の言葉に、ああ、と頷いて、幾斗は笑顔を見せる。
「当然だろ」
「……」
「あむ?」
幾斗の顔を見ないように、亜夢は両手で顔を覆う。耳まで赤くなっているので、恥ずかしがっているのだというのがよくわかる。
「……あたし」
「ん?」
じっと、幾斗は次に出てくる言葉を待つ。
「見たこと、ない」
「何を?」
どうも、亜夢の言いたいことがわからない。首を傾げて、幾斗は亜夢が覆った両手を退ける。
「何を、見たことないって?」
「だ、だから……。その……」
目を泳がせて。ぼそ、と亜夢が口にしたのは。
「……避妊の仕方が、わからない?」
「だ、だって……!」
実際に、見たことがないから。
亜夢の言葉はわかるが。それにしたって、今更、という気がするのは幾斗だけだろうか。
「あ、赤ちゃんができないようにすることを避妊っていうのは知ってるけど、どうすれば赤ちゃんができて、どうすれば赤ちゃんができないのか、具体的に知らないし」
「……」
うっかり忘れてしまうところであったが。大人びて見えても、亜夢は義務教育中の女の子。経験があったとしても、具体的に見せていなければ、わからないのも無理はない。
いつも、幾斗は素早く着けていたため、亜夢は幾斗が避妊をしていることさえ知らなかったのだろう。行為後に処理をする時も、亜夢はぐったりとしていて、それどころではないのだから。
「……ゴム、は知ってるだろ?」
「え? 髪を結ぶのでしょ?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの表情で、亜夢は幾斗を見据える。
「いや。結ばれたら、俺、死ぬし」
「……?」
そこからか、と脱力しながら、幾斗はベッドサイドに備えつけてあるテーブルの抽斗に手を伸ばす。確か、まだあったはず。思いながらゴソゴソと抽斗を探ると、指先に感触があり、それを握って亜夢に見せる。
「見たことねぇの?」
「……何、それ?」
本当に知らないんだ、とますます落胆する幾斗の表情が垣間見えた。
「じゃあ、今から勉強会な?」
落胆した反面、幾斗はどこかしら嬉しそうにも見える。
何も知らない亜夢に、一から手取り足取り教えて上げられることに、優越感がある。それは、幾斗だけの特権で。幾斗にしか、教えてあげることができない。
大切な亜夢のための、二人だけの勉強会が、幾斗の部屋で始まった。
しゅごキャラ!/そういうトコも好きなんだけど■END