しゅごキャラ!/どうしたって変わらないもの(1)


『あむ? 今どこ? 暇でしょ? ちょっと出て来なさいよ』

 一方的な歌唄からの電話に唖然としながらも、亜夢は歌唄の指定した場所に向かった。
 着いたのは、某撮影スタジオ。一体、亜夢に何の用事があるのだろう。

 歌唄に言われた部屋の前から、亜夢は中を覗いていた。緊迫した空気の流れる場所に、果たして亜夢が必要なのだろうか。

「あむ」

 そんな亜夢の姿を発見し、歌唄が近づいてきた。

「早くこっちに来て」

「ち、ちょっと、歌唄。一体、何なの?」

「何って……。撮影よ」

「はい?」

 急な展開に頭が追いつかない亜夢に、歌唄はさらっとそう答えた。

「撮影って、何の?」

 停止しかけた頭を回しながら、亜夢は何とか今の状況を把握しようとする。

「てぃーんずって雑誌、知らない?」

「え? 知ってる。小中高生向けの、ファッション誌だよね」

「そう。それの、表紙撮影よ」

「え?」

 さも当然のように、歌唄は言うが。

「えぇぇぇぇっ!?」

 何も聞かされていない亜夢にしてみれば、わけのわからない話である。
 突然友達に呼ばれて来てみれば、いきなり表紙の撮影をするから、と手を引かれて。しかも、何故素人の亜夢なのか。

 疑問だらけで、亜夢の思考回路は破裂寸前だった。



「――と言うわけなのよ」

「……はぁ」

 缶ジュースを片手に、亜夢はゆかりから事の経緯を説明された。

 今回、てぃーんずの表紙に選ばれたのは、歌唄と小学生モデルの女の子。ところが、そのモデルの女の子が急な腹痛を訴え、撮影に来れなくなったのだ。
 かといって、撮影を延ばすわけにもいかない。歌唄の知り合いに小学生の女の子はいないか、と聞かれ、歌唄は亜夢に連絡をしたというのが事の顛末だった。

「それはわかったけど」

 ちら、と亜夢は歌唄を見る。

「どうして電話でそう言わないかなぁ」

「言ったら、アンタ来ないでしょ」

「う゛」

 確かに。歌唄の言うとおりかもしれない。
 『モデルの代役に来い』と言われて、すんなり現地に赴く亜夢ではない。きっと、さんざん喚いて嫌がって。それこそ、撮影どころではなくなる。

 そういう意味では、歌唄は利口である。

「大丈夫。ちゃんとかわいくしてあげるから」

 ウインクをして、ゆかりはそう言った。どうせ逃げられないんだろうな、と亜夢は大きくため息を吐いた。

「はい。じゃあ撮りまーす。二人とも、カメラこっちだからねー」

 カメラマンの人が、亜夢と歌唄に向かってそう叫ぶ。

「はい」

 歌唄は、さすがアイドル。スイッチの入れ方が、早い。それに比べて、亜夢は。

「う〜ん。何か硬いんだよなぁ」

 カメラマンは、亜夢を見て首を傾げる。素人なのだから、それは仕方がないと思うのだが。

「もうちょっと自然に、できない?」

「は、はぁ……」

 言われて、亜夢は落ち込む。自然にと言われても、どうすればいいのかわからない。

「あむ」

 声を潜めて、歌唄が耳打ちする。

「イクト、あんたに出会ってから随分と変わったわ」

「え?」

 唐突に、何を話すのだろう。

「あむのおかげで、イクトは救われたわ。本当に、感謝してる。ありがとう」

「……歌唄」

 歌唄を見て、亜夢は笑みを零す。

「その表情よ。それをカメラに向けなさい」

 言われて、亜夢はそのままカメラを向いた。

「いいよ、二人とも」

 その日一番の笑顔を、カメラは見事捕らえた。

 至上の1枚が、てぃーんずの表紙を飾る日は、そう遠くない。

◇ ◇ ◇


「なぁなぁ、イクトー」

 珍しく学校に来ていた幾斗は、屋上で昼寝をしていた。そんな幾斗に、パタパタと足音をさせながら級友が近づいてくる。

「歌唄ちゃんて、彼氏いる?」

 1冊の雑誌を握り締めた級友は、少し顔を赤らめながらそう聞いた。

「ああ」

「ちぇ。そっかぁ」

 幾斗の言葉に、残念そうに級友は肩を落とす。

「じゃあさ、この子とかって、紹介してもらえないかな?」

 わくわくしながら、級友は持っていた雑誌の表紙を幾斗に見せる。そうして指差した人物は。

「――…」

「この娘さ、今回特別に撮られたらしいんだけど、かわいいよなー。まだ小学生なんだってよ。小学生なら、彼氏なんていないと思わねえ? 歌唄ちゃんに頼んで、紹介してもらってくれよ」

 そう、幾斗に懇願するが。

「無理。そいつ、彼氏いるし」

 あっさりと、幾斗は言い放った。余計な期待は、一切持たせないように。

「え? マジで? やっぱかわいい子には、彼氏がつきもんなのかなー」

 はぁ、と未練がましく級友はブツブツ言っているが、幾斗の耳には届いていなかった。
 段々と、怒りが込み上げてくるのが自身でわかる。

 雑誌の表紙を飾っていたのは、歌唄と亜夢だったのだ。

◇ ◇ ◇


「はぁ。疲れたー」

 ロイヤルガーデンで、亜夢はテーブルに顔をつけて深くため息を吐いた。

「すごい騒ぎだったからね」

 亜夢の前にお茶を置きながら、なぎひこがそう言った。

「でもでもぉ、すっごいかわいかったよー? いいな、あむちー」

「全然よくないって」

 ややが目を輝かせてそう言うが、少しも嬉しくはない。

 芸能人である歌唄と、素人の亜夢が表紙を飾ったてぃーんずが、昨日発売された。
 それを見た聖夜学園の生徒たちは、上級生から下級生まで幅広く、亜夢の顔を一目見ようと亜夢の教室を覘いていた。見世物にされているのが耐えられなくて、授業が終わると、亜夢は即行でロイヤルガーデンに身を隠したのだった。

「明日が休みでよかった」

 はぁ、と亜夢は再度、深く息を吐く。

「でもこの調子じゃ、どこを歩いていても声をかけられるかもね」

 唯世が、誰もが気にしていたことを、いともあっさり言った。ぐさっと亜夢の心に突き刺さる。そんな気はしていたが、実際に言われてしまうと落ち着ける暇がないというのを実感してしまう。

「イクトに送ってもらったら?」

 ぼそ、とりまが口を開いた。

「一人で帰るより安全だね」

 りまの言葉に追い討ちをかけるように、なぎひこはそう言うが。

 亜夢は、モデルの代役をしたことを、幾斗に話していなかった。雑誌が出ても、幾斗が見るような雑誌ではないし、もしかしたらばれずにすむのでは、とあわよくば思っていたのだが。

 ここまで反響があるとは、亜夢自身、思っていなかった。

「無理。あたし、イクトに言ってないし」

「え?」

 その場にいた全員が、驚いて目を丸くする。

「言ってないの、あむちゃん?」

 なぎひこの言葉に、亜夢は頷く。

「で、でも、ほら。イクト兄さんなら、大丈夫だよ。こんなことで怒るような、そんなに心の狭い人間じゃ……」

「狭いぜ。わりと、な」

 唯世の声を遮って、頭上から言葉とともに幾斗が降ってきた。瞬間、亜夢は凍りつく。

「連れて帰りたいんだけど?」

 横目で亜夢を見ながら、幾斗は言った。

「どうぞどうぞ〜。ほら、あむち」

 ややが言いながら、慌てて亜夢の腕を掴む。幾斗の顔を見るのが、怖い。

 幾斗に手を引かれながら、亜夢はロイヤルガーデンを後にした。頑張れ、と全員が心の中で思っていた。



 幾斗と手を繋いで、亜夢は家路に着いていた。道中、幾斗は一言もしゃべらない。怒っている背中しか、亜夢には見えない。
 そうしてしまったのは他でもない亜夢自身なのだが、さすがに泣きたくなってくる。

(あれ?)

 気づけば、亜夢の家とは違う方向に足が向いていた。こっちは、幾斗の家の方向だ。何も言わず、亜夢はそれについていった。

「あ! てぃーんずの子」

 そう言われて、亜夢は立ち止まる。つられて、幾斗も足を止めた。

「すっげーかわいい。本物? 写真撮ろうよ」

 数人の高校生らしい男たちが、亜夢を引っ張ってそう言うが。それを更に剥ぎ取るように、幾斗が亜夢を抱き竦める。

「写真、禁止」

 寒気がするほどの低い声と目つきで、幾斗は言った。

「あ。え、えーと……。お兄さん? はは。結構過保護なお兄さんだね」

 言いながら、男達は後退って慌てて姿を消した。この調子で、幾斗は月詠家に着くまでに亜夢に近づく男たちを、5組退治してくれた。