しゅごキャラ!/どうしたって変わらないもの(2)


「嫌だ! イクト……っ。イクト、痛いっ!!」

 亜夢の言葉を無視して、幾斗は行為を止めない。こんなのは、強姦と変わらない。わかっているのに、幾斗には止められなかった。
 気づけば嫌がる亜夢の衣服を無理矢理に剥がし、露わにされた白い肌に吸いついていた。

「ふ、ぅ……。……っ」

「――…」

 亜夢の涙で、幾斗は正気を取り戻したかのように亜夢から離れた。小さな肩を震わせて、亜夢は幾斗のベッドにうずくまっている。自分がした結果なのに、幾斗はいたたまれなくなり部屋から出て行った。

 幾斗がいなくなった部屋で、亜夢は一人嗚咽を漏らしていた。幾斗が、怖かった。あんなの、幾斗じゃない。亜夢が愛した、幾斗ではない。

 怒気しか含まれていない行為が、こんなにも怖いなんて知らなかった。幾斗なのに。身体は幾斗なのに、心が違った。

 幾斗の怒りは、もっともである。それもわかっている。亜夢が、モデルの代役を言わなかったこと。そして月詠家までの道すがら、亜夢に声をかけてきた男たち全員が、隣で手を繋ぐ幾斗を『兄』と呼んだこと。そのすべてが、幾斗は気に入らなかったんだと思う。

 そうしてやり場のない怒りを、亜夢にぶつけた。いつもなら、亜夢の嫌がることは絶対にしない。それほど、幾斗は亜夢を大事にしている。大事にしているから、思っているからこそ、あんなに腹も立ったんだろうと思う。

 涙を拭って意を決し、亜夢は衣服の乱れを直した。そうして深呼吸をして、ドアノブに手をかけた。



(何やってんだ、俺)

 服を着たまま、幾斗は頭から冷水のシャワーを浴びていた。

 惜しみなく降り注ぐシャワーの中で、幾斗は自分の手を見つめた。怖がらせるつもりなんて、なかったのに。
 部屋に連れ込んだ瞬間、まるで悪魔が乗り移ったように、自分の体が言うことを聞かなかった。自分でも信じられないくらい冷酷に、亜夢を……傷つけた。

「……っ」

 ごっ、と鈍い音が浴室に響いた。幾斗が、拳を壁にぶつけたのである。拳と壁の間から、真っ赤な鮮血が流れ落ちてくる。

「イクト!?」

 声と共に、浴室のドアが開かれた。

「……あむ」

 姿を見て、幾斗は目を丸くする。帰ってしまったと思っていたのに。

「何やってんのよ! 水じゃん、これっ。風邪引いちゃうでしょ!? ってか、この手は何? 血が出てるじゃんっ」

 ずかずかと浴室内に足を踏み入れ、亜夢はシャワーの蛇口を閉める。蛇口はシャワーの真下にあったため、亜夢も流水で濡れてしまった。

「あむ」

「ほら、手ぇ見せて。早く手当てしなきゃ。それに、さっさと身体拭かないと、ホントに風邪……」

「あむ」

 幾斗を見ようとしない亜夢の腕を掴み、幾斗はまっすぐに亜夢を見つめる。

「お前、どうして……?」

「アンタの側にいるのに、理由が必要?」

「え?」

 きっぱりと、亜夢はそう言い放つ。



 ベッドに腰かける幾斗の手に、亜夢は包帯を巻いていた。わずかに湿り気の残る髪から、たまに雫が落ちる。

「はい、終わり」

「あむ」

 立ち上がって、亜夢は机の上に置かれた救急箱にサージカルテープを片づける。

「……あむ」

「あんまり馬鹿なことばっかやんないでよ。自分の身体、もう少し大事に……」

「あむ」

 幾斗は立ち上がり、後ろから亜夢を抱き竦める。

「なんで俺の話を聞こうとしない?」

「イクトだって、聞かなかったじゃん」

 幾斗の腕の中で体の向きを変え、亜夢は幾斗を直視する。

「あたし、嫌だって言ったのに。イクト、聞いてくれなかった」

「……悪い」

 言って、亜夢は幾斗の胸に顔を埋める。

「今度乱暴にしたら、本当に怒るからね」

(……今度?)

 ということは。幾斗を許してくれた、ということだろうか。
 嬉しくなって、幾斗は自分の腕の中にいる亜夢を抱き締めた。今更ではあるが、亜夢が彼女で本当によかった、と思う。

「もう、乱暴にしない」

「約束だからね」

 顔を上げて、亜夢は幾斗に笑顔を見せる。それに気をよくした幾斗は、亜夢の耳元に顔を寄せて囁いた。

「でも、欲情はしていい?」

「……っ」

 言葉に、亜夢の顔が赤く染まる。どうやら、いつもの幾斗に戻ったようだ。はにかんだ笑みを見せ、亜夢は、馬鹿、と呟いたのだった。



「ん……。い、くと……。ち、ちょっと……待って」

 亜夢の言葉に、幾斗はスイッチが切れたように、ぴたっと愛撫を止める。

「何?」

 そうして、優しく亜夢を見つめた。その表情に、亜夢はほっとする。

「何でもない」

 満面に笑みを浮かべて、亜夢は答えた。微笑んだまま首を傾げて、幾斗は亜夢の首筋に顔を埋める。

「イクト、そこ……くすぐった……い」

 身を捩りながら、亜夢は言う。言いながら、鼻がムズムズしてきた。

「……っしゅん!」

「……」

 亜夢のくしゃみに、幾斗は目を丸くする。そうして、ぷ、と噴き出した。

「風邪?」

「ただのくしゃみじゃん?」

 強がって、亜夢はそう言うが。寒気がして、亜夢は身震いした。それを見ていた幾斗が、亜夢を温めるように抱き締めた。

「イクト、温かい」

「つーか。お前、熱い」

 人肌の温かさというには、熱すぎる。亜夢の体温は、確かに熱かった。

「あーあ。水のシャワーなんか浴びるから」

「な!? アンタのせいでしょ!?」

「そ。俺のせい。だから、責任持って看病してやる」

 言いながら、幾斗は亜夢の額に口づける。

「伝るよ」

「あむの風邪なら、喜んでもらう。人に伝染した方が、早く治るし」

 幾斗は唇を、額から目尻に移し、そうして頬や鼻に口づけをして、最後は唇を重ねた。熱のせいか、亜夢の感度が鋭くなっている。幾斗が触れたところから、敏感に幾斗を感じる。

「ぁん……っ」

 いつもなら出ない声が思わず出て、亜夢は両手で口を塞いだ。そんな亜夢を見て、肩を震わせてながら、くっくっ、と幾斗は笑う。

「ちょ……っ。笑うなー!!」

 変な声と笑われていることが恥ずかしくて、亜夢は声を張り上げた。

「悪い」

「許さーんっ」

 起き上がり、亜夢は幾斗に背を向ける。

「身体起こすと、見えるぜ」

「!!」

 そんな亜夢の胸を後ろから隠すように両手で包み込み、幾斗は亜夢に身体を寄せた。服着ていないことをすっかり忘れていた亜夢は、そのまま身体を起こしてしまったので、発展途上中の胸が露になってしまったのだ。

「ちょっとデカくなった? 俺が揉んでるから?」

「触るなーっ!!」

 嬉しそうに呟く幾斗に腹が立って、亜夢は更に声を大きくして怒鳴った。やっぱり、乱暴な幾斗より、こうして亜夢を馬鹿にしながらも無邪気に近寄ってくるイクトがいい。こんなに気紛れな大きなペットの黒猫を飼えるのは、きっと亜夢以外にはいないだろう。

 泣き喚く亜夢を見つめながら、幾斗は幸せに浸っていた。これからも、色々なことで幾斗はヤキモチを妬いてしまうかもしれない。でもきっと、嫉妬心まで含めた幾斗を、亜夢は包み込んでくれる。そうして何でもないことのように振舞って、幾斗を支えてくれるのだ。

 亜夢が自分を選んでくれて、本当によかった。そう思いながら、幾斗はヘソを曲げた亜夢の手を掴んだ。


しゅごキャラ!/どうしたって変わらないもの■END