花より男子/シロツメクサ(21)


「おいで、牧野」

 部屋の中央から、類はつくしに向かって手を差し出している。入り口に佇むつくしは、はぁ、と息を吐いてその手を取った。
 くるり、と辺りを一周するように見回して、つくしは類を見つめる。

「ここ、花沢類の家だよね?」

「そうだよ」

「花沢類、広い土地に小さな家を建ててって、そう言わなかった?」

「いいんだ」

 つくしの手を引き寄せて、類はそのままつくしを抱き締める。

「牧野が、こうして俺の腕の中にいる。それだけで、十分だから」

「……」

 類の腕に抱き締められるのは、何度目だろう。そんなことを彷彿と考えながら、つくしはゆっくりと類の背中に手を回した。
 温かくて、安心する類の腕の中。このまま眠りに就けたなら、どんなに幸せだろう。

「明日、何時に迎えに来るの、司?」
「明日、婚約発表があるって本当?」

 夢の中に捕われてはいけない、と思い、同時に口を開く。そうして少しだけ身体を離し、互いを見つめた。

「あの女に、聞いたの?」

「……うん」

 声を沈めて、つくしは俯く。本当は、否定してほしかった。でもそれを肯定するかのような、類の確認の言葉。

「本当……なの?」

「そういうことになってるらしいね」

「らしいって、自分のことじゃない」

 類は徐につくしから離れ、ベッドに腰を下ろした。

「あいつが婚約するのは、花沢類という名の器だよ」

 ぼふ、と類は身体を倒し、ベッドにその身を預ける。

「俺の感情なんて、あってないのと同じ。俺が息をしてさえいれば、それで満足なんだよ、あいつは」

 ベッドに仰向けになったまま、類は右手を目の上に乗せて視界を塞いだ。
 類の歯痒さが、つくしに伝わってくる。もしかしたら、涙を堪えているのかもしれない。そう思うつくしの足が、自然とベッドへ向いていた。

「決まったレールの上を歩くことなんて、なんでもないと思ってた。でも、俺は……」

 ぐ、と類が拳を握った瞬間、唇にそっと温もりが触れる。思わず、類は目の上に乗せた右手を退かした。

「もういいよ、花沢類」

 眉間に皺を寄せ、涙を我慢しているであろうつくしの顔が類の目に映る。

「花沢類は、どうして……なんで、いつも幸せになってくれないの?」

 ベッドの脇に、大粒の涙がこぼれた。その溢れる涙が、友達という壁を打ち砕く。
 類は、涙に濡れたつくしを強く引き寄せた。

「婚約なんて……、結婚なんて、しないでよ」

「あんたが、そう望むなら」

 ぐぐ、とつくしを抱き竦める類の腕に、力が入る。

 ――もう、戻れない。

 類の腕の中、そっと目を閉じたつくしの耳に、誰かの囁きが聞こえた気がした。その囁きに混じる、類の音。
 とくん、と類の生きている心臓の音が、つくしの耳に届く。それは、そこに確かに類がいるという証の音で。

「……」

 言葉を発することさえ、今は躊躇われる。
 類の苦しそうな姿を見ていたら、思わず想いが溢れ出してしまっていた。絶対、口外するわけにはいかなかったのに。

 つくしを締めつける類の身体が離れ、つくしは顔を上げた。ゆっくりと、類はつくしの頬に手を添える。どくん、と心臓が動く音が、その手を通して類に伝わっている気がした。

 しばらく見つめ合ったあと、つくしはそっと目を瞑った。そうして徐に、風が通りすぎるように優しく、類の唇がつくしのそれに重なる。
 冷たくも温かい類のそれは、わずかに震えるつくしを感じ取っていて。
 触れるだけのキスを離し、類はまた強くつくしを抱き締めた。

「このまま、あんたを攫ってしまえたらいいのに」

 類の本音であるその呟きに、つくしの胸が締めつけられる。類の背中に手を回し、ぎゅ、と力を入れた。

 到底、できるはずのないことだとわかっている。たとえつくしを攫って逃げたとしても、司はきっと血眼になってつくしを捜し出すだろう。一瞬の幸せのためだけに、つくしを傷付けるわけにはいかない。

 類はもう一度、今度は勢いよくつくしに口付けた。啄むように、何度も何度も唇を触れさせて。そして。

「……っ」

 不意に侵入してきた類の舌に、つくしは思わず目を見開いた。目の前にあるきれいな顔は、変わらず目を閉じたままで。
 つくしの口内で動き回っていた類の舌が、やがて目当てのものを見つけたと言わんばかりにつくしのそれに絡みついてくる。

「あ、……ん」

 わずかに開いた唇の隙間から、つくしの声が漏れた。膝をついて立っていたつくしの腰が、すとん、と力なく落ちる。
 潤んだつくしの瞳に唇を寄せて、類は抱き上げるようにベッドの上につくしを寝かせた。覆い被さるように、類はつくしの顔の両側に手をついて顔を挟む。そうしてゆっくりと、また唇を落としていく。

「ん……っ」

 丁寧に、舐め上げるようにつくしの口内を侵していく類の舌は、止まることを知らなくて。自然と、縋るようにつくしは両手で類の頬を包み込んでいた。
 その光景が、もっと、とキスをねだっているようにしか見えなくて。そうされてしまえば、類の打ち砕かれた理性を止めることなど不可能だった。

 ゆっくりと、類は自身の手をつくしの胸の膨らみに触れさせる。類の脳裏に、親友の彼女だとブレーキをかけていた壁も、今はなく。目の前にいるのは、牧野つくしという愛する一人の女の子、それだけだった。

「あ……、……っ」

 待って。そう言いたいのに、類に触れられて敏感になっている身体が言うことを聞いてくれなくて。言葉を発することさえ儘ならなくて、愛撫に耐え、必死に声を押し殺す。

「!」

 類の手が、つくしの服の中に入ってきて、直接、つくしの肌に触れる。腰からそっとなぞるように移動してくる類の手に、つくしの身体が大きく反応した。

「抵抗、しないの?」

 動きを止めて、類は囁くようにつくしの耳元でそう問う。ぐ、と声を押し殺してなにも言わないつくしの首筋に、類は顔を埋めた。

「抵抗しないなら、このまま……続けるよ?」

「……っ」

 類の言葉に、一瞬でつくしの頬が紅潮する。顔を埋めたそこに、類は薄く花弁を散らした。そうしてつくしの背中に手を回し、ぷちんとブラのホックを外す。

「――…!!」

 ぎゅ、ときつく、つくしは目を瞑った。その瞬間、こつん、と類の額が、つくしのそれに触れる。

「そんなに死にそうな表情するくらいなら、抵抗すればいいのに」

 寂しそうな、それでも少し面白いものを見ているような表情の類に、つくしは頬を今まで以上に真っ赤に染め上げた。

 類はベッドの脇に降り、ふー、と深く息を吐き出す。すべてを諦めて、失くしてしまったかのような表情が、つくしの胸に、ぐさっと突き刺さる。

「ごめん、牧野。今日はありがとう、付き合ってくれて」

「……」

 右手で顔を覆った類の表情は、今は窺えない。
 ただ一瞬だけ覗かせた、やるせない表情は。つくしの張り詰めている糸を切るのには、十分すぎるほどだった。

「仕方ないじゃん」

「え?」

 思わずつくしを見ようと身体を動かした類の鼻を、つくしの髪がくすぐる。

「は、初めてなんだから、緊張するのは当然でしょ?」

 ぎゅぅ、と類にしがみ付いたつくしは、高鳴る心臓を抑えるのに必死だった。

「牧野、でも……」

「花沢類!」

 ぱん、と大きな音が響いて、じーん、と類の頬が痛む。目を白黒させて状況を知れば、両頬がつくしの両手に包まれていて。包まれる際の、勢いがついた音だったことに気付く。

「したいの、したくないの、どっち!?」

「……」

 どっち、と問われれば、当然答えは決まっている。だがそんなことを、果たして素直に口にしてもいいものか。

「流されて、とかじゃ……ないから。あたしはあたしの意思で、ここにいるわけだし。だから、その……。……えっと」

「いいの、本当に?」

 しどろもどろになるつくしの言葉を遮るように、類が口を開く。

「後悔、しない?」

「……うん」

 さら、と梳かすように、類はつくしの髪に触れる。そのまま、頭を少しだけ浮かして。触れるように、唇を重ねた。

 類の手が、執拗につくしの身体を弄る。そこに確かにつくしがいるという存在を確認するかのように、丁寧に触れていく。

 つくしの全身に、思わず力が入る。それは、決して嫌だからではなく。

「牧野、目……開けて」

「……ん」

 きつく瞑っていた目をわずかに開ければ、目尻にキスを落とされた。そうしてつくしの瞳に映ったのは、憂いを帯びた類の表情。

「怖い?」

 優しい類の問いに、つくしは静かに首を振る。

「不思議とね、怖くは……ない。ただ……」

「ただ?」

「……」

 きゅ、と口を結び、つくしは上目遣いに類を見た。そうしてそっと類の背中に手を回し、自分に引き寄せ顔を隠す。

「は、恥ずかしいのよ!」

「……」

 途端にそう声を上げたつくしに、思わず、ぶ、と類は噴き出してしまう。

「牧野、やっぱりサイコー」

「んな!?」

 くっくっ、と肩を震わせて笑う類にカチンと来て、つくしは背中に回していた手を退けた。

「もう、そんなに笑うなら離れてよ!」

「ごめん、ごめん」

 今まで笑っていたかと思えば、急に類は真顔になって。つくしの頭を支えるようにして、じっとつくしを見据える。その真剣な類の瞳に、つくしは唾を飲み込んだ。
 そのまま下りてくるキスに、つくしは身を任せるように目を閉じて首筋に手を回す。

「俺、今……自分でも信じられないくらい、幸せ感じてる」

「……え?」

「たとえ、明日にはそばにいられなかったとしても。今、この瞬間が、堪らなく幸せ」

 ちゅ、と触れるだけのキスをして、類は素早くつくしが着ている服を脱がせていく。あ、と制止する言葉をかけることもできないほど、それは素早くて。いつもぼーっとしている類からは、あまり想像できなかった。

「は、花沢類、ち、ちょっと、まっ……!」

「ん?」

 一気に上昇していく頬の温度を止められず、つくしは近くにあるシーツを引き寄せる。だがそれでもまだ恥ずかしさはなくならなくて、つくしは身を捩って類に背を向けた。

「後ろからがいい? 処女なのに、牧野って意外と……」

「ば、馬鹿!」

 背中越しに類を怒鳴ろうとすれば、あっさりと口を塞がれてしまった。そうしてこれでもかと言わんばかりに口内を丁寧に舐め上げられて、ようやく唇を解放される。
 はぁ、と軽く息を吐く間もなく、類は唇を今度はつくしの背中に這わせていった。

「恥ずかしかったら、いいよ、そのままで。俺はもう、止められないけど」

「ぁ……っ」

 腕で押さえていたつもりの胸に、類の手はいとも簡単に辿り着いて。その膨らみの先にある頂を指で捉えながら、尚もつくしの羞恥を誘っていく。

「ん……、っ……」

 声を、押し殺して。つくしは、必死に類からの愛撫に耐える。

 牧野、と耳元で囁かれ、少しだけ目を開ければ、優しく微笑んだ類の表情が目に入り。

「力抜いて」

 くす、と微笑みながら言われ、つくしの頬が赤くなる。死にそうなほどに緊張しているのが、まるで馬鹿みたいに思えてきた。

「力入れてると、たぶん、牧野も痛いと思うんだよね」

「――…!!」

 類の言葉に、一層つくしの頬が紅潮する。
 類がつくしの太腿に触れると、尚更つくしは全身に力を入れた。目をきつく瞑って固く強張るつくしに、類は優しく口付ける。
 そうして舌を絡ませ合いながらのキスに、次第につくしの力が抜けていき。それを見計らって、類はつくしの脚の間に身体を滑り込ませた。

「る、類……っ、ん……!」

 抵抗しようと必死にキスから逃れようとするつくしを制するように、類はキスの嵐を降らせる。そうしてキスをしていると、つくしの身体からまた力が抜けていった。

 初めてのつくしに対して、慣れている感じの類。わかってはいたけれど、なんとなく面白くない。

 だがそんなことを考える余裕もないくらい、つくしはいっぱいいっぱいで。

「!」

 そっと、類がつくしの中心に指を這わせる。瞑っている目を、それ以上に瞑り。棒のようになったつくしを、類がキスで解していく。

「……ぁ」

 誰も触れたことのないそこに、類が触れている。恥ずかしくて仕方ないのに、吐き出す息とともに漏れる喘ぎ声。
 恥ずかしくて両手で口元を覆えば、牧野、と類が声をかける。

「キス、したい」

「……」

 言われれば、手を退けるしかできなくて。
 徐に退けた手の下から現れた唇に、類がキスを落としてくれる。

「ん、……ふ」

 水音が、つくしの耳に響く。
 それが唾液が混じり合うものだけでないことには気付いていたが、敢えて気付かないふりをして、つくしは類に身を任せていた。

「……そろそろ、いい?」

 つくしの中心にあった類の指が、つくしの腿に触れる。つくしは、両手で類の頬に触れた。
 慈しむようなつくしの表情に、類は、はぁ、と息を吐き出して、覆い被さるようにつくしに倒れ込んできた。

「痛かったら、ちゃんと言って?」

「……うん」

 つくしの両腿を支えるように持ち上げて、類はつくしの中心に自身を当てがう。それまで以上に、つくしの心臓がざわついて。つくしは類の首に腕を回し、ぎゅ、と力を入れた。

「……ッ!!」

 少しずつ、でも確かに進んでくるそれに、つくしの身体が瞬時に強張る。怖いからなのか痛いからなのか、自身にもよくわからない。

「牧野……」

 優しく類にキスを求められて、それに応じる。そうすることで力が抜けるのだが、類が押し進んでくると途端に力が入り。涙とも汗とも知れぬ滴が、つくしの顔を濡らしていく。

「――…っ、あ、あ……!!」

 ぐ、と一気に奥まで衝かれ、つくしは類の首に回していた手に力を入れた。身体の奥から、類の鼓動が伝わっていく気がした。

「生きてる?」

「だ、だぃじょぅぶ……」

 ふ、と口元を綻ばし、類はつくしの唇にキスを落とす。

「動いてもいい?」

「……聞かないで」

 この状況で、聞くなんて……。天然と言ってもいいのか、なんなのか。

 呆れたようなつくしの耳に、類が、かぷ、と噛みついてくる。あ、とつくしが声を上げた瞬間、類は腰を動かし始めた。

 気を抜いた隙を突かれ、つくしの口から自然と類の動きに合わせた声が漏れる。

「あ、……ん」

 痛みを伴っていたそこが、次第に快楽に変わり。自分でも信じられないくらい、甘い声が出ていた。

「牧野……」

 何度も名前を呼ばれて、呼んで。その度に、キスが降ってくる。

「る、い――…」

 数えきれないほどの呼びかけに応じれなくなった瞬間、類の首に回していた手が、力なく落ちていった。