ストーカーキューピット/逢坂と神楽坂


「別れましょう」

 もう、あなたにはついていけないの。

 そう言われたら、わかった、と答えるほかないと思い、そう口にする。
 すると、バカ、と罵られ、泣きながら女は目の前からいなくなる。
 もう何度、そんなことを繰り返しただろう。

 彼女とは、3週間ほど前に告白されて、付き合い始めた。
 3週間か。これでも、もったほうかもしれない。

「逢坂って、バカなの?」

 今しがたまで彼女がいたはずの場所に、いつの間にか目を丸くした神楽坂が立っていた。
 あまり話をしたことはなけれど、中学から一緒だったので、顔はもちろん、名前も知っている。

「あんな言い方したら、女の子は怒るに決まってるのに」

「向こうが言い出したことに乗っただけなのに、なぜ俺が怒られなきゃならんのか、わからん」

「女の子は、引き留めて貰いたいものなんだよ」

 そういうものなのか。今度は逢坂のほうが目を丸くして、神楽坂を見る。
 神楽坂はそんな逢坂の顔を見て、ぶはっ、と噴き出した。

「逢坂って、結構バカでかわいいんだ?」

「バカでもないし、かわいくもない」

 むすっとして、逢坂はその場をあとにするように神楽坂に背中を向けた。
 昼休みの校舎裏は、あまり人が寄り付かず、昼寝をするにはもってこいの場所だった。

 そんな場所で昼寝をしていたら、ふと男女の会話が耳に入る。見てみれば、愛想がなくて有名な逢坂だった。
 来るもの拒まず、去るもの追わず。男としては最低かもしれないが、それでも高身長で見た目がいいせいか、女が切れることはあまりない、らしい。
 親しくはないので、噂で聞いただけなのだが。

「逢坂って、誰かをちゃんと好きになったことないの?」

「……」

 痛いことを言ってくれる。
 逢坂は背中越しに首を神楽坂に向けると、眉間に皺を寄せた。

「一応、好きになる努力はしている」

「いや、努力でどうにかなるようなもんじゃないでしょ」

 呆れたように言う神楽坂の言葉は、至極全うだ。
 誰かをちゃんと、と神楽坂は言うが、逢坂にだって、そういう相手がいないわけではない。ただそれが、たとえ血は繋がっていないとはいえ、父親の結婚相手、つまり自分の母親になった人間だというだけで。

「努力で付き合われても、相手も迷惑だと思うけど」

「それでもいいから、と最初に言われてる」

 逢坂だって、むやみやたらと付き合っているわけではない。相手にはきちんと誠意を見せているつもりだ。
 好きでもないのに付き合うのは、逢坂だって忍びないのだ。

「仕方ないなぁ」

 神楽坂が逢坂の背中に飛びつくと、逢坂はぎょっとして目を見開いた。

「俺が、逢坂に恋の仕方を教えてあげるよ」

「いらん!」

「遠慮するなってー」

 けらけらと笑う神楽坂を、逢坂は鬱陶しいと言わんばかりの目で見ていたが、その目の奥は、なぜか嬉しそうだった。


ストーカーキューピット/逢坂と神楽坂■END