ストーカーキューピット/淳太と絃里


 いつからだろう。淳太の腕の中が、安心するようになったのは。

 初めてのとき、淳太は絃里を抱きながら、違う女性を思っていた。
 暗闇の中、何度目を開けても、淳太は目を閉じていた。

(視界に、私を入れなくないんだろうな)

 視界に入れば、嫌でもそれが汐じゃないとわかるから。

 泣きたい。じわり、涙が浮かびそうになるが、淳太は泣くのは許さないとばかりに荒々しく動く。
 でも激しくされたほうが、絃里も気が楽になった。

 なにも、考えずにいられるから。


「絃里」

 名前を呼ばれて、はっとする。淳太と目が合って、目元にキスが降ってきた。

「なんで目を瞑ってるの?」

「……だって」

 淳太が目を瞑っているのを、見たくないから。

 絃里は、きゅ、と唇を噛んで、淳太の腕を掴む。
 ああ、惨めだ。

 何度も抱かれても、どれだけ好きだと言われても、自分は汐の代わりだという思念が抜けない。

 淳太の激しい律動に、絃里はきつく閉じた目を開けられず、快感に酔っていた。

「絃里」

 合間に名前を呼ばれて、キスが降ってくる。
 恐る恐る目を開ければ、淳太と目が合った。

「やっとこっち見た」

 柔らかく微笑んだ淳太に下唇を噛まれ、吸われるように口付けられる。
 勘違いしそうになる、こんなの。新幹線みたいに、思いが飛び越えていく。

「うしおセンパイのこと、好き?」

「……は?」

 やばい。

 思っても、口から出た言葉は取り消せない。
 普段は優しい口調の淳太から、こんなに不機嫌そうな声が返ってくるなんて。

 当たり前だろって言われるのだろうか。汐が逢坂と付き合うことになったから、惰性で付き合っているだけだと、あくまでも体だけの関係だと。
 そんなの、絃里はもう、全然違うのに。

 ああ、どうしよう、聞きたくない。

 慌てて耳を塞ぐと、塞いだ両手を掴まれた。
 絃里は泣きそうな顔になるが、淳太も情けない顔をしていた。

「聞いて、絃里」

 耳元に唇を寄せられて、思わず肩を震わせる。
 聞きたくない。自分にとって、いいことなんて言われないから。

「俺、絃里が好きだよ」

「……?」

 聞き間違えかな、首を傾げる。するともう一度、好きだよ、と念を押すように言われ、かぁっと赤くなる。

「好き」

「わ、わかったから」

 決して、男性経験がないわけではない。
 けれど絃里は、男性から愛情を向けられることが、皆無に近かった。

「及川のことが好きだったのは認めるけど、絃里のことはちゃんと好きだから」

 どう言えば、安心できる?

 頬に、肩に、胸にキスが落ちてくる。絃里のことが愛しいと、大事だと伝えるように。
 優しく触れてくる淳太の手に、涙が滲む。

「あのね、淳太。わた、わたし、私も……」

「うん」

 焦って思いを口にしようとすると、落ち着いて、と言わんばかりに頬を撫でられる。少しだけゴツゴツした、大きな淳太の手。
 これから先、絃里はこの手に守られていくのだ。

 胸がぽかぽかと暖かくなっていくのを、絃里は感じていた。


ストーカーキューピット/淳太と絃里■END