ストーカーキューピット/うしおとかのん


 汐は、ごく、と唾を飲み込んだ。嫌な汗が、じわりと滲んでくる。

 目の前には、ハンカチで目元を押さえる、かのんがいた。

(失敗したなぁ)

 汐は、順番を間違えたかもしれないと反省していた。いや、かもしれない、ではなく、実際、間違えたのだと思う。
 良のことでお世話になったかのんを、こんなに泣かせるつもりではなかった。

「ごめんね」

 ぐす、と鼻を啜りながらかのんがそう謝ってくるのに、ぎょっとして汐は目を大きく見開いた。

「泣くつもりじゃなかったの」

 本当にごめんね、と申し訳なさそうな表情をするのに、胸が痛む。かのんは、なにも悪くないのに。

「うしおちゃんも知ってのとおり、逢坂さんにはちゃんとふられてるの。だから、大丈夫よ」

「……すみません」

 ずっと、言えなくて。汐は膝の上で、ぎゅっと拳を握った。

 逢坂と付き合い始めたことをようやくかのんに打ち明けたのは、良のことが解決してから2週間も経過したあとだった。
 いつも笑顔で優しく語りかけてくるかのんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになって。言わなきゃと思えば思うほど、言えなくなって。

「教えてくれて、ありがとう」

 ふわり、そう言って微笑むかのんは、天使のようだった。

 本当に、どうして逢坂はかのんではなく汐だったのだろう。自分が男なら、間違いなくかのんを選ぶ自信がある。

「ねぇ、うしおちゃん。お願いがあるの」

 聞いてくれる? というかのんに、もちろん、と間髪入れず答えていた。汐にできることなら、なんでもするつもりで。

「かのんって、名前で呼んでくれる?」

 三浦さんじゃ、寂しいわ。

 そう言って微笑むかのんが、天使に見える。
 泣くほど傷つけてしまったのに、それを許してくれて、更に汐ともっと仲良くなりたいと、そう言ってくれている。

「はい。──かのんさん」

 汐が笑顔で答えると、かのんは至極嬉しそうに、口を綻ばせた。


ストーカーキューピット/うしおとかのん■END