しゅごキャラ!/確かなものひとつだけ(3)


「あむ」

 夢の中で愛しい人に名前を呼ばれ、亜夢は目を開けた。亜夢の瞼に、そっとキスが贈られる。幾斗だ。

「着いたぜ」

「え?」

 言われて辺りを見渡せば、眠る前とは、がらりと景色が変わっていた。亜夢たちが住んでいる街に比べて、空気がとても澄んでいる。

 がたん、と大きく揺れて、亜夢たちを乗せた電車が留まった。それを確認して幾斗は棚から荷物を下ろし、亜夢に手を差し出す。その手を受け取って、亜夢も立ち上がった。

「悠。ここから宿まで、どのくらいあるの?」

「そんなにかからないよ。タクシーで10分くらい」

「そ。じゃ、早速タクシーを捕まえましょ」

 言いながら、ゆかりはタクシー乗り場へ足を向ける。ゆかりの荷物を担いだ悠は、やれやれ、と言わんばかりに、近くのベンチに腰を下ろして煙草を咥えた。一人分の荷物にしては、相当な量である。

「歌唄、大丈夫か?」

「ええ、平気よ。ありがとう、空海」

 歌唄の足元に気を遣い、空海が歌唄を支えながら誘導する。お互いを気遣い、見つめ合う二人の空気が、とても自然で穏やかだった。

 3ヶ月前、ストーカーに刺されて重傷を負った歌唄だったが、先日、無事に退院することができた。今回は、その歌唄の療養のための旅行である。

 本当は空海と二人で来るはずだったのだが、万が一、フォーカスされてしまった場合の保険として、マネージャーであるゆかりと、兄である幾斗が同行することになった。
 だがそのメンバーで旅行に行ってもつまらない、ということで、ゆかりは悠を、幾斗は亜夢をそれぞれ誘い、計六人での旅行になったのである。



「すみませーん。予約していた三条ですぅ」

 ガラガラと、ゆかりは旅館の扉を開いた。パタパタと足音をさせて、奥から一人の女性が出てきた。

「いらっしゃいませ。6名様でご予約の、三条さまですね。お待ち致しておりました」

 ゆかりに深々と頭を下げて、女将は部屋へと案内してくれた。

「納得いかねー」

 ぼそ、と空海は呟く。

「なんでヤロー三人で同室なんだよ?」

「仕方ないよ」

 部屋に荷物を置きながら、悠が答える。

「君と歌唄ちゃんを同室にしたら、間違いなく、歌唄ちゃんは療養どころじゃなくなるからね。何のための旅行か、わからなくなるでしょ」

「……どういう意味だよ」

「そういう意味だよ」

 にっこり微笑んで、悠は空海を見る。ちぇ、とつまらなそうに、空海は窓から外を眺めた。確かに、泊まりがけの旅行で、何もしないつもりはない。だがそういうふうに言われてしまうのも、癪に障る。

「イクトー。お土産買いに行こー?」

 隣の部屋から、嬉しそうに亜夢が顔を覘かせた。

「お土産って……。着いたばっかだぞ」

「いいじゃん。行こうよ」

 幾斗の手を引きながら、亜夢は言う。本当なら、もう少しゆっくりしていたのだが。亜夢のお願いを、幾斗が聞かないわけがない。
 ふぅ、と息を吐き、幾斗は亜夢の肩を抱いて足を動かした。

◇ ◇ ◇


「えーっと。パパとママと……。これがあみでしょ。それから……」

 亜夢は忙しなく動き、品物を見定めている。一体、何人分買う気なのだろうか。

「お待たせ、イクト」

 ようやく買い物を終えた亜夢は、土産物屋の外で待っていた幾斗に走り寄った。両手に抱えた荷物を、何も言わずに幾斗は亜夢の手から取り上げる。

「ありがと」

「買い物は終わり?」

「うん。荷物置いて、ちょっと散歩しようよ」

 嬉しそうに、亜夢は微笑む。この笑顔があれば、どんなに重い荷物を持っていても疲れなんて飛んで行ってしまいそうだ。

「あむ」

 腕を少しだけ浮かして、幾斗は亜夢を見つめる。

「腕、空いてる」

「……」

 恥ずかしそうにしながら、亜夢はゆっくりと幾斗の腕に自分の腕を絡めた。満足そうな幾斗の表情を見て、はにかみながら亜夢も笑顔を見せる。そうして寄り添いながら、二人は旅館へ向かった。

◇ ◇ ◇


「足元、気をつけろよ」

「ええ、大丈夫」

 空海の手を握り、歌唄は1歩ずつ階段を上っていた。

「もう少しだからな」

 歌唄を支えながら、空海は励ますようにそう言った。

 旅館の従業員に聞いて、空海と歌唄は近くにある神社へ向かっていた。長い階段の上にあるその神社の入り口にある鳥居を恋人同士で同時に潜ると永遠の愛が約束される、という言い伝えがあるらしい。

 ようやく最後の段を上り終え、歌唄は大きく息を吐きながら前方を見た。境内の奥に社があり、その手前に大きな鳥居がある。従業員の言っていた鳥居とは、きっとあれのことだろう。

 呼吸を整え、歌唄は空海と一緒に鳥居に向かって歩き出した。そうして鳥居の目の前でお互いに見つめ合い、それから足を踏み入れる。どちらからともなく顔を近づけ、お互いの額をくっつけた。永遠の愛を、ここに誓う。一生変わらず、愛する。この気持ちは、変わらない。

「歌唄」

「何?」

 額を離して、空海は口を開いた。

「背中、まだ痛いか?」

 優しく抱き締め、空海は歌唄の背中を擦る。

「うん、少し。普通に生活するぶんには、もう平気なんだけど」

 やはり、身体に無理をさせると傷に響く。今も、長い階段を上ったせいで少し痛み出している。でもその痛みも、空海の腕の中にいれば、あまり感じない。歌唄の痛みを、空海が吸い取ってくれているかのようだ。

「歌唄……。いい?」

 頬を赤らめ、歌唄は空海の腕の中で頷いた。そして二人は寄り添いながら社に近づき、物陰に身を潜めたのだった。

◇ ◇ ◇


「イクト、魚っ」

 池の畔にしゃがみ込んで、亜夢は池の中を泳ぎ回る魚を見ていた。初めて見るわけでもはないのに、旅行に来たせいか亜夢のテンションは上がっている。はしゃぐ亜夢を、幾斗は満足そうに見つめていた。

「かわいいね」

「あむが?」

 穏やかな気持ちで亜夢が言うと、さらっと幾斗が問いかけた。ぼっと顔を赤くして、亜夢は反発する。

「ち、違うよっ。魚!」

「俺には、あむのがかわいいけどな」

 後ろから亜夢を抱き竦めて、いけしゃあしゃあと幾斗は言う。

「今度は、二人で来ような」

「……うん」

 亜夢の耳元で、幾斗はそう囁いた。それがくすぐったくて身を捩れば、幾斗の唇が近づいてきた。遠くで、魚の跳ねる音がする。唇を重ねた二人を、もしかしたら祝福してくれているのかもしれない。


しゅごキャラ!/確かなものひとつだけ■END