しゅごキャラ!/踏み出した一歩(3)


「おっそいなー」

 亜夢は、りまと買い物のため、待ち合わせをしていた。待ち合わせの時刻から、すでに20分過ぎている。バッグから携帯を取り出し、時刻を確認する。
 そのとき、きらっと携帯のストラップが光って、亜夢はストラップを手に取った。幾斗の誕生石の入った指輪を、チェーンに通しただけのストラップ。それを見ているだけで、亜夢の心は幸せで満たされる。

「顔、崩れてるわよ」

「!?」

 不意に後ろから、歌唄が顔を覘かせた。ぎょっとして、思わず歌唄から離れる。

「う、歌唄!?」

「何やってるのよ、こんなところで?」

 腕を組み、歌唄は仁王立ちする形で亜夢を見る。

「友達と待ち合わせ。歌唄は……デート?」

 隣にいる空海を見れば、一目瞭然だった。ポケットに手を入れて、空海は微笑んでいる。

「ちょっとね。映画でも見に行こうかと思って」

「そっか。行ってらっしゃい」

 亜夢が手を振れば、歌唄と空海もそれに応えるように手を振り返した。

(……いいなぁ)

 恋人同士みたいで。いや、みたい、ではなく、実際そうなのだが。

 チャラ、と音をさせて、亜夢はストラップに目を落とす。デートらしいデートなんて、したことがない。一緒にいられればそれでいいと思っていたので別に気にしたことはなかったのだが、目の前でああいう光景を見ると、やっぱり羨ましくなってしまう。

(……でも)

 大事にされているのは、すごく伝わる。きゅ、とストラップを握り締め、亜夢は微笑んだ。

「顔、緩んでるわよ」

「!?」

 眼前に、りまが現れた。

「い、いつ来たの? っていうか、遅い、りまっ」

「仕方ないじゃない」

 ふい、とりまが顔を背けた先に、長髪の少年が立っていた。

「おはよう、あむちゃん」

「なぎひこ!? 二人、一緒だったんだ?」

「出かけようとしたときに、なぎひこが家に来たのよ」

 亜夢が聞くと、ふい、と顔を背けてりまが答えた。

「ごめんね、あむちゃん。今日二人が出かけるっていうのは知ってたんだけど、こんな物を貰っちゃって……」

「お笑いショーのチケット?」

 言いながらなぎひこが差し出した物は、りまが好きなお笑いショーのチケットだった。今日の日付である。

「そうよ。行かないわけにはいかないじゃない!?」

「そ、そう、ね」

「でね、そのお笑いショーっていうのが、カップル限定のイベントだったんだ」

 申し訳なさそうになぎひこが言ったので、亜夢はなぎひこが一緒に来た理由を理解した。

「わかったよ。買い物は、また今度ね」

 なぎひこが見せてくれたチケットを返して、亜夢はりまに笑んだ。申し訳なさそうな、恥ずかしそうな。りまは、そんな表情をしている。

 お笑い好きのりまには、どうしても捨てられないチケットである。それもカップル限定というのであれば、亜夢が身を引くしかない。

「ごめんね、あむ」

「その代わり、ちゃんと埋め合わせはしてよね」

 亜夢が言うと、りまは微笑んで頷いた。

◇ ◇ ◇


「ふぅ……」

 予定のなくなった亜夢は、公園のベンチに腰を下ろして、ストラップを見つめていた。デートもしたことがないのに、本当に付き合っていると言えるのだろうか。
 手を繋いで、キスをして。それ以上のことも、経験した。ちゃんと段階を踏んで、ここまで来たのに。この言い表しようのない不安は、一体何なのだろうか。

 自分の考えに、くす、と思わず顔が綻んでしまう。こんなに愛されているのに、何が不安なのか。亜夢が不安に思うことは、何もない。
 亜夢はストラップから指輪を外し、右手の薬指にはめた。

「……ぶかぶか」

「何ニヤけてんだ?」

「!?」

 驚かされたのは、本日3度目である。

「イクト……!?」

「何やってんだ、こんなところで?」

 言葉が、まったく歌唄と同じである。兄妹というのは、ここまで似るものだろうか。

「べ、別に。ニヤけてなんかないし、何もしてない」

 ぱっ、と右手を隠して、亜夢は幾斗から顔を背けた。

「ふぅん」

 口元に笑みを浮かべ、幾斗は亜夢を見つめる。

「お前、今日は友達と買い物に行くって言ってなかったっけ?」

「……なぎひことお笑いショーを見に行った」

「ふられたんだ?」

「ふ……!? ま、まぁ、そんなトコ」

 俯いて、亜夢はため息を吐いた。先約だったのに、断られてしまった。ふられた、と言われても、否定はできない。

 亜夢が隠した右手を取り、幾斗は甲に唇を落とす。

「指にはめてくれるのは嬉しいけど、落とすなよ?」

「……じゃ、ちょうどいいの買って」

 幾斗が驚いた表情をしたので、しまった、と亜夢は思った。あんな甘えた台詞、亜夢のキャラじゃない。

 横一文字にしてキツく結んだ亜夢の唇に、幾斗はそっと口づけた。

「買いに行くか、今から?」

「え……?」

 幾斗の言葉に、亜夢は目を丸くする。

「あんまり金持ってないから、高いのは買えないけど」

 申し訳なさそうに、幾斗は言う。別に、指輪が欲しいわけではないけれど。街を一緒に歩けるのは、すごく嬉しい。

 差し出された手を握り、亜夢は幸せそうな表情をして幾斗について行った。


しゅごキャラ!/踏み出した一歩■END