しゅごキャラ!/テノヒラサイズ
「……」
「何?」
服に袖を通している亜夢を、幾斗がじっと見つめていた。その視線に気づいた亜夢が、じろ、と睨む。
「いや、別に」
「……」
素気なく、幾斗は答えるが。何かを言いたそうな表情なのは、言わなくてもわかる。
「言いたいことがあるなら、言えばいいじゃん」
「んー……」
少しだけ考えて、やっぱり幾斗は言わない。そういう幾斗の態度に、亜夢はだんだんイライラが募る。
「何なのよ!? はっきり言えばいいじゃん!」
「言ったら、あむ、怒るし」
「怒んないよ」
「ウソ」
「怒んないってば」
たぶん、という言葉を飲み込んで、亜夢は幾斗を見やる。
しばらく考えたあと、幾斗は重い口を開いた。
「あむって、年齢のわりに大人っぽいし。子供だって忘れそうなときがあるんだけど」
うん、と頷いて、亜夢は言葉の続きを待つ。
「抱くと、やっぱり……。ところどころ幼いし、子供なんだなって実感する」
「……それは、もしかして」
ぴく、と亜夢の眼元が引きつる。
「あたしの胸が、小さい、って……?」
「そう、はっきりとは……」
「言ってなくても、思ったってことでしょ!?」
「……」
ぽりぽり、と頬を掻いて、幾斗は亜夢から視線を外す。その瞬間、幾斗の上に、亜夢の雷が落ちたのだった。
◇ ◇ ◇
「それで、1週間?」
「イクトからの連絡を、無視してるって?」
「……」
ウーロン茶の入ったグラスを手に取って、亜夢はストローを咥える。
「あむちゃん、前から胸が小さいこと、気にしてたもんね」
「え?」
なぎひこの言葉に、亜夢は顔を顰めた。
「な、何でなぎひこがそんなこと知ってんのよ!?」
「え? あ……」
はっとして、なぎひこは言葉を見つけた。
「な、なでしこに聞いたんだよ。うん」
「そんな話までするの!? もー、なでしこってば、ひどいっ」
はは、と乾いた笑みを洩らして、なぎひこは軽くため息を吐いた。
よくこれで今までバレなかったものだ、と空海は面白そうに二人のやり取りを見つめている。
それから気を取り直したかのように、空海は口を開いた。
「で、俺たちに相談したのは?」
「うん。だから、ね。やっぱり男の子って、小さいよりは大きいのがいいのかなって……」
だんだんと声を潜めて、亜夢は呟く。きょとん、として、空海となぎひこは顔を見合わせた。
「人によるんじゃね? そりゃ、ないよりはあった方がいいけど。あんまりでかいのも、気持ち悪ぃって」
「でも、一度は顔を埋めてみたい、とか思わない?」
「あー。わかるな、それ」
「りまちゃんも小さいからね。それをできないのが少し残念、かな」
「ま、歌唄もなー。年上だから、日奈森や真城よりはでかいけど。顔を埋められるほどではねぇし。ま、見た目よりはあるけどな」
「……」
二人の会話に、亜夢は唖然としてしまった。
この二人に相談したのは、もしかしたら間違いだったかもしれない。女の子を目の前にしているのだ、と少しは自覚して話をしてもらいたいものである。
「ま。要は、さ」
くす、と口元を綻ばせて、なぎひこが亜夢を見る。
「大きくても小さくても、あむちゃんはあむちゃんなんだよ」
「イクトが日奈森を選んだっていう事実があれば、別にそんな大して気にする問題でもねぇだろ?」
「……でも」
きゅ、と唇を噛み締め、亜夢は俯く。そうは言っても、やっぱりショックではあった。
決して大きくはないことも、どちらかといえば小さい部類であることも、自覚はしていた。
だがそれを、面と向かって言われたら。きっと、誰だって傷つくと思う。
「あむちゃんは、イクトがあむちゃんを好きだから、一緒にいるの? あむちゃんは、イクトを好きじゃないの?」
なぎひこの言葉に、亜夢は一瞬、目を丸くして。それから、首を横に振った。
「あむちゃんも、イクトを好きだから。だから、一緒にいるんでしょ?」
少しだけ頬を赤らめて、亜夢は頷く。すると、大きな空海の手が亜夢の頭に乗った。
「そんだけわかってりゃ、上等。行こうぜ、日奈森」
「い、行くって、どこに?」
「イクトんとこ」
にか、と微笑んだ空海に、亜夢は素直に首を縦に振ったのだった。
◇ ◇ ◇
「何で、二人一緒に?」
玄関先で亜夢と空海を出迎えた歌唄は、二人の姿を見て目を丸くした。
「偶然、そこで会ったんだよ」
一緒に来た、とは言いづらくて。空海は、そう答える。そう、と訝しげな表情のまま頷いて、歌唄は身を翻した。
「……歌唄も、こうして見るとあんまりないんだけど」
背を向けた歌唄に、空海はそっと近づいて。
「!?」
「着痩せするタイプみたいで。触ると、結構あるんだぜ」
いきなり、後ろから歌唄の胸を鷲掴みした。
瞬間、ぱぁん、と渇いた音が月詠家に響く。歌唄の掌が、空海の頬を叩いたのだ。
「何するのよ!?」
顔を真っ赤に染め上げた歌唄は、そのまま自分の部屋に走って行ってしまった。ばたん、と勢いよくドアが閉まる。
「てー……」
叩かれた頬を擦ると、呆気に取られた亜夢と視線が合った。ふ、と微笑んで、空海はウインクを送る。
何となく、亜夢の固まった緊張を解すための言動だったのだろう、と思ってしまった。
◇ ◇ ◇
「謝ってよ」
「……ごめん」
「気持ちが籠ってない」
ぷぅ、と頬を膨らませて、亜夢は幾斗を睨む。そんな亜夢の仕種が可愛くて、幾斗は口元を綻ばせて亜夢の腕を引っ張り、その腕に抱き竦めた。
「ごめん。会えなくて、寂しかった」
「……」
きゅぅ、と胸が締めつけられるように痛む。
寂しかったのは、亜夢も同じで。会いたかったのに、意地を張って逢わないようにしていた。
『ごめん』の言葉に気持ちが入っていなくても、許してしまえる自分がいて。
結局、幾斗には適わないな、と思ってしまった。
「大きい方が、好き……?」
ぼそ、と亜夢は呟く。やっぱり、聞いてしまった。答えに、落ち込んでしまうかもしれないのに。どうしても、聞きたくて。
「あむが、好き」
ぎゅ、と抱き締める腕に力を込めて、幾斗が囁く。そういうことじゃなくて、と顔を上げれば、幾斗の唇が落ちてきた。
「俺の手にすっぽりおさまるあむの胸に、安心する。俺の手から溢れて漏れないあむの胸が、好き」
「……」
胸の大きさで、愛の大きさが変わるわけではないから。
たとえ小さくても、幾斗が亜夢を好きだという事実は変わらない。それが大きくなったとしても、同じこと。
亜夢は、亜夢だから。亜夢の外見を、好きになったわけではないから。亜夢の中身に、外見がついてきただけのこと。
「あむが、女の子から女に変わっていくさまを見れるんだ。それって、すごい幸せ」
幾斗仕様に、変えられていく。幾斗以外を愛せなくなるほどに、変えられていくのかもしれない。幾斗が側にいるのなら、それでもいい。
この恋はきっと一生手放すことはできない、と思いながら、亜夢は幾斗の影とともにベッドに沈んでいった。
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