しゅごキャラ!/バカになるほど好きすぎて


「けほ……っ」

 その日は、朝から体調が悪かった。けれど、今日は終業式だけだから、と思い、亜夢はムリをして学校へ来たのだが。

「大丈夫、あむちゃん?」

 心配そうに、唯世が亜夢を覗き込む。虚ろな目をしながら、亜夢は微笑んだ。

「うん。あと、少しだし」

 乾いた咳が、亜夢の喉を刺激する。熱を帯びたように、喉がヒリヒリと痛み出した。荒い息遣いが、やまない。

 それでも亜夢は、何とかホームルームまで出席してから、家路に着いたのだが。やはり、途中で歩くのがつらくなり。道中の塀に寄りかかって、膝をついてしまった。

「く、るし……」

 はぁ、と荒々しく呼吸をし、胸を抑える。動悸が、段々激しくなってきた。相当、熱が上がってきているように感じる。嘘でも、熱はない、などとは言えないくらいに。

「……!?」

 瞬間、亜夢の身体が宙に浮いた。

「つらいなら、無理しなきゃいいのに」

「い、イクト……!?」

 亜夢を横抱えにした幾斗は、有無を言わさず、そのまま歩みを進めた。

「ど、どこに行くの?」

「ビョーイン」

 亜夢の言葉に、幾斗は平然と答える。眉間に皺を寄せたまま、亜夢は唖然として幾斗を見つめていた。

◇ ◇ ◇


「……あの」

 亜夢の隣にぴったりと寄り添うように、幾斗は待合室のソファに座っていた。

「近いんだけど……」

 恥ずかしそうに、亜夢が幾斗を見れば。優しい瞳で、幾斗は亜夢に微笑んでいた。

「へーき」

「……あんたが平気でも、あたしは平気じゃないってば」

 そっと離れようとした亜夢は、急な眩暈によって、バランスを崩してしまう。そのままソファに倒れ込みそうになったのを、幾斗が支えてくれた。

「……近い?」

 亜夢をちゃんと隣に座らせて、幾斗が問う。

「……くない、です」

 観念したように、亜夢はため息を吐いて頷いた。

「日奈森さーん」

「あ、はい」

 名前を呼ばれ、立ち上がろうとした亜夢を、幾斗がまた抱き上げた。

「ち、ちょっと……!?」

「病院では静かにしてろよ」

「……」

 もっともなことを言われ、亜夢は反論することもできず。周りの目から逃れるように、幾斗と共に診察室へ消えていった。



「はい、じゃあ服を上げて」

「……」

 亜夢は、虚ろな頭で診察を受けていた。看護士が、そっと亜夢の服を少しだけ持ち上げてくれる。その中に、医師の手と聴診器が入ってきた。
 思いの外、聴診器が冷たくて。亜夢は、びくっとしてしまった。

「熱は高いみたいだけど、突発性のものみたいだから。薬を飲めば、熱もすぐに下がると思いますよ」

 カルテを書きながら、医師は亜夢にそう告げる。その光景を、幾斗は黙って見つめていた。

◇ ◇ ◇


「……ありがと」

 結局、亜夢は家まで幾斗に連れて来てもらい。ベッドに、寝かされた。ただ、気になることが一つ。

「怒ってる……?」

 何故か、診察室を出てから、幾斗は一言も口を開かなかった。亜夢がそう思うのも、仕方がないかもしれない。

「別に。じゃ、俺、帰るから」

「あ、イクト……っ」

 やっぱり、怒っている。幾斗は、亜夢と目を合わそうともしない。
 慌てて起き上がり、亜夢は不安そうな表情で幾斗を呼び止めた。

「ヤだ……っ。あたし、何かした……?」

 きっと、熱のせいだ。こんなに甘えた声を出すなんて、普段の亜夢からは考えられない。
 目尻に涙が溜まって、溢れ出す。その涙と共に、言いようのない不安が亜夢を襲った。

「ひ、ぅ……」

 小さな肩を震わせて、亜夢は嗚咽を洩らす。泣かせるつもりは、なかったのに。

 そっと近付いて、幾斗は亜夢の肩を抱いた。

「ムカついては、いる。でも、あむに対して怒ってるわけじゃないから」

 賺すように、幾斗は桃色の髪に触れる。
 鼻を啜りながら、亜夢はその身を預けるように、幾斗にもたれかかった。

「……じゃ、ここにいて」

「……」

「だめ?」

 好きな女に、上目遣いで甘えられたら。断れる男なんて、きっといないだろうと思う。

「俺、何もしない自信、ないぜ?」

 亜夢の顎に手を添えて、唇を上に向かせる。そうして、そこにキスを落とした。

「怒ってる理由、教えてくれたら……」

 してもいいよ。

 亜夢の言葉を、幾斗は素直に受け止めることができなかった。まさか、亜夢の口から。そんな言葉を聞くことができるなんて。

 どんなに身体を重ねても、決して自分からは求めてこない亜夢。でも、幾斗と身体を重ねることを、亜夢は拒絶していなかったから。
 だから、たとえ亜夢から求めることがなくても、それでもいいと思っていた。その、亜夢が。

 ――してもいいよ。

 幾斗の頭の中から、『理性』の2文字が消えた瞬間だった。

◇ ◇ ◇


「……馬鹿じゃん」

「……」

 幾斗の腕の中で、亜夢は呟いた。

「本当、大馬鹿」

「……あんまり言うと、また襲うぞ」

 言って、幾斗は腕に力を入れる。

「だって、そうじゃん」

「……」

 それでも亜夢は、言葉を続けた。

「病院の医者が、男だったからって……。そんなに怒ることないじゃん」

「嫌だったんだから、仕方ないだろ」

「連れて行ったのは、イクトじゃん」

「浅はかだったんだよ、俺が」

 幾斗が、機嫌を損ねていた理由。それは、亜夢の胸を、幾斗以外の男の前に晒したから、であった。

「聴診器を当てることなんか、頭の片隅にもなかったんだよ。ただ、あむが心配で……。それだけだった」

「……」

 桃色の髪に、幾斗はそっと唇を寄せる。

 唯世から、亜夢の調子が悪いから、迎えに来てあげてほしい、と。そう、連絡をもらって駆けつけたとき。亜夢は、塀に寄りかかって蹲っていた。
 頭よりも先に、身体が動いてしまって。気付けば、亜夢を抱えたまま病院に向かっていた。

 そうして、診察室までついて行って。当然だと言えば、そうなのだが。目の前で、自分以外の男が亜夢の服の中に手を入れる光景は。あまり、いいものではなくて。

「おまけに。あむ、感じてたろ?」

「はぁ!?」

 思いがけないことを言われて、亜夢は声を上げた。

「医者の手が、あむの服の中に入ってきたとき。感じて、身体が反応してた」

「あ、れは……。聴診器が、冷たかった、から……。べ、別に、感じてたわけじゃ……」

 しどろもどろになって、亜夢は幾斗から目を伏せる。

「でも、嫌だった。俺以外の男に触れられて、反応するあむを見てるのは」

「……馬鹿」

「あむに関してだけだぜ。俺が、こんなに馬鹿になるのは」

「……」

「それだけ、あむに惚れてるってこと。ちゃんと、わかってるだろ?」

 亜夢は、返事をする代わりに。幾斗の頬を両手で掴んで、自分に引き寄せた。そうして、触れるだけの軽いキスを送る。

「じゃ、あたしも……馬鹿、かも」

「……俺、限定で?」

 くす、と口元に笑みを浮かべて、幾斗は亜夢の額に口付けた。

「もう1回、したい」

「馬鹿。あたし、熱が……」

「下がってる、だろ?」

「……あれ?」

 言われて、気付いた。そう言えば、幾斗に身を委ねる前までは、確かに荒かった呼吸も、今は随分と落ち着いていて。喉は、まだ少しヒリヒリするけれど、大したことはなくなっていた。

「汗、いっぱいかいたからかもな?」

 身体を起こして、幾斗は亜夢の上に乗る。

「……薬が効いたんだよ」

 家に帰って、すぐに飲んだから。思って、亜夢は幾斗から視線を外す。何故か、急に恥ずかしくなってしまって。

 幾斗が亜夢の肩に顔を埋めると、それを包み込むように、亜夢は幾斗の背中に手を回した。

「俺も、風邪引かないように……、貰っとく」

「貰うって、何を?」

「俺専用の、湯たんぽ」

「ゆた……、もぅ、馬鹿」

 そうして、亜夢の体温を奪うように。幾斗は、亜夢と共にベッドに身体を沈めたのだった。



 後日。幾斗が風邪を引いたのは、言うまでもない。

「風邪ひいてるときくらい、サカるのやめなさいよ」

「あたしがサカったわけじゃなーいっ!!」

 幾斗のお見舞いに行った亜夢は、幾斗の風邪が亜夢からのものだというのを知った歌唄に、そう言われてしまったのだった。


しゅごキャラ!/バカになるほど好きすぎて■END