しゅごキャラ!/越えなければいけない山がある


「最近、歌唄の様子がおかしいんだ」

「……」

 真顔で、空海は幾斗を見つめる。幾斗は、黙ってベッドの上で本を読んでいた。

「家ではどうだ? 普通か?」

 幾斗から本を取り上げ、空海は幾斗の瞳を見る。はぁ、と面倒臭そうに、幾斗は立ち上がった。

「別に、変な様子はねぇよ。至って普通」

「……そっか」

 がく、と肩を落として、空海は幾斗から取り上げた本をベッドの上に投げる。そうしてベッドの脇に腰を下ろし、頭だけをベッドの上に乗せて天井を見上げた。

「何なんだよ、一体……。俺が、何したって言うんだよ」

 空海は目を瞑り、最近の歌唄の言動を思い出す。

 デートに誘えば用事があると断られ。それでもどうにか約束を取りつけて会えば、ずっとイライラした表情で、一言も口を開かない。
 嫌われてしまったのだろうか。ずっと胸に隠してあった憶測が、脳裏を過る。信じたくはないが、それが理由ならすべて納得がいく。

「――よし」

 立ち上がり、空海は気合を入れる。

「明日、またデートに誘ってみる。それでアイツの様子が変わらなかったら、そん時は……俺も、覚悟を決める」

「……」

 空海の言葉に、幾斗は目を細める。そうして、少し間を置いてから口を開いた。

「1週間、様子を見てみろよ。焦って結論を出したって、ろくな結果には……」

「いや、もういい」

 幾斗を遮って、空海は言う。

「これでも、2週間待ったんだ。これ以上待ったって、結果は変わんねぇよ」

 吐き捨てるように言って、空海は幾斗の部屋を後にした。

◇ ◇ ◇


 嫌がる歌唄を無理矢理誘い出し、空海は遊園地へ足を向けていた。最後の思い出作りになるかもしれない。そんな空海の決意を、歌唄は知る由もない。

「空海……、あたし、やっぱり行かない。帰るわ」

 途中で足を止め、歌唄は空海に背を向ける。慌てて、空海は歌唄の肩に手を置いた。

「ちょっと待てよ。せっかくここまで来たんだから、行こうぜ?」

 最後の、とはさすがに口にはできない。歌唄が望んでいても、空海は決して別れを望んでいるわけではないのだから。

「ごめん、でも……」

「歌唄!」

 急に声を張り上げられて、歌唄は、びく、とする。

「どうしたんだよ、一体? 最近、変だぜ。俺のこと、嫌いになったのか?」

「……」

 俯いて、歌唄は何も言わない。首を、縦にも横にも振らない。迷って、いるのだろうか。

「はっきり言えよ。言わなきゃ、俺だってわからない」

「……」

 歌唄の目尻に、涙が溜まるのが見えた。泣きたいのはこっちだ、と空海は思う。
 はぁ、と深くため息を吐いて、空海は頭を掻いた。

「わかった。最後でいいから。これで、最後にするから。――行こう」

 歌唄の手を取って、空海は歩き出す。最後という言葉が、歌唄の胸に突き刺さる。

 別れたいなんて、思っていないのに。けれど、最近の歌唄の言動からは、そうとしか取れない部分が多々あった。空海がそう思うのも、無理はない。

 ごめんね。歌唄は空海の広い背中に、そう言葉を漏らした。



 コーヒーカップにゴーカート、メリーゴーラウンドなど、二人はたんたんとアトラクションをこなしていった。
 あまり、会話はなかった。

 もう、無理かもしれない。空海は思いながら、何度もため息を吐いた。

 何故、こんなことになってしまったのだろう。好きで、大好きで仕方がなかったのに。嫌われてしまっては、どうしようもない。
 たとえ、空海が想う100分の1でも歌唄が空海を想ってくれているのなら、絶対に別れたりしないのに。そっと歌唄に目をやって、空海は歌唄の手を取った。

「……観覧車に乗って、終わりにしよう」

 終わる。終わってしまう。本当に、このままでいいのだろうか。
 あれだけ大切だった空海を、こんなに傷つけて終わりにしてしまっても、本当に後悔しないだろうか。

 手を繋いだままゴンドラに乗り込んで、向かい合わせに座る。俯いたまま、歌唄は外を眺めていた。別れてしまったら、この景色を一緒に見ることもなくなってしまう。

 本当に、いいのか。それで、歌唄は後悔しないのか。

 何度も何度も同じ問いが、頭を巡る。答えが出ない。

 二人を乗せたゴンドラが、頂上に差しかかったとき。
 歌唄は強い重力に引っ張られて、唇を塞がれた。

 歌唄の唇を貪るように、空海の舌が入ってくる。執拗に空海の舌が絡んできて、歌唄の思考までも破壊するように空海は歌唄の口内を掻き回す。

 長いこと、空海とキスをしていなかった気がする。久しぶりのキスの味は、どこか切なくて。
 空海がどれほど傷ついていたのか、伝わってきた。

 乱暴なキスではあったけれど、どこかしら歌唄を慈しむように。丁寧に、歌唄の舌を舐め取る。

 はぁ、と唇を放して、空海は歌唄を抱き締めた。

「何で、だよ。俺じゃ、だめなのか?」

「……っ」

 歌唄は、思い切り首を横に振った。
 別れたかったわけでは、ない。ただ、情緒が乱れていて。空海のことに、構っている余裕がなかった。触れ合おうとしなかった。

 こんなにも、まだ身体は空海を覚えているのに。

「別れたいなんて、思ってない……っ」

「じゃあ」

 何で、と聞こうと思ったが、止めた。
 歌唄の言葉に、安堵の息が漏れる。今は、その言葉だけで充分だ。歌唄が別れを望んでいなかったことがわかって。安心した。

 そのとき、がこん、とゴンドラが揺れた。どうやら、地上に着いたらしい。歌唄を顔を見合わせて、どちらからともなく笑みが溢れた。

 久しぶりに、歌唄の笑顔を見た気がする。やっぱり、かわいい。

「歌唄」

 空海が笑んで手を差し出せば、嬉しそうにその手を取って、歌唄は空海を引っ張った。

 風が通り過ぎるように、一瞬の出来事だったけれど。空海の頬には、確かに歌唄の柔らかさを感じた。

「心配かけて、ごめんね。大好きよ」

 そう言いながら微笑む、歌唄は。今すぐ抱き締めたいほどに、かわいくて。別れることなんて、できそうにない。

◇ ◇ ◇


「倦怠期ぃ?」

「うん、たぶん」

 空海の腕の中で、歌唄が考えついた答えはそれだった。

「空海と話をするのはもちろん、顔を見ることさえ億劫だったもの」

「あ、そぅ……」

 わかってはいたけれど。そうはっきり言われると、さすがに傷つく。

「……今は?」

 目を細めて、空海は歌唄を見つめる。にこ、と微笑んで、歌唄は空海に唇を寄せた。

「空海以外は考えられないくらい、離れたくない」

 言って、歌唄は空海の胸に顔を沈める。
 この2週間、空海は歌唄に振り回されっ放しだった、というわけではあるが。

「我儘姫のお守りができるのは、俺くらいだろうよ」

 胸の中にいる歌唄を抱き締めて、空海はそう漏らした。

「あたし、我儘じゃないわよ」

「どこがだよ。おまえのせいで、ここんとこの俺は、ずっと抜け殻みたいだったんだぜ?」

「それはあたしが我儘なんじゃなくて、それだけ空海があたしを好きだってことでしょ? あたしのせいにしないで」

「……てめぇ」

 つん、と突っ張って、歌唄が顔を背ける。

 まぁ、でも。歌唄の言葉に、間違いはないから。空海は背けられた顔を両手で包んで、自分を向かせる。

「離れらんねぇよ、おまえとは」

「……いいのよ、離れなくて」

 自然と、唇が触れ合った。愛し合っていなかった時間の分だけ、もっと相手を好きになれた気がする。
 見つめ合えば、それだけ愛が深まる気がする。

 ちぎれかけた想いが、再び繋がって。
 凍りついていた歌唄の心を融かすのは、やっぱり空海以外にはいないのかもしれない。つくづく、そう思ってしまった。


しゅごキャラ!/越えなければいけない山がある■END