しゅごキャラ!/デートにも個人差があります
「これ、貰ったんだけど。今度の日曜日、一緒に行かない?」
緑に貰ったチケットを差し出しながら、亜夢は幾斗にそう言った。そのチケットを受け取って、幾斗はじっと見つめる。それから机の引き出しを開け、中から2枚のチケットを取り出した。
「俺も持ってるぜ、それ」
「え?」
幾斗が差し出したチケットを受け取り、亜夢は自分の物と見比べた。まったく同じものである。
「どうしたの、これ?」
「親父に貰った」
背伸びをしながら、幾斗はベッドに横になる。
「じゃ、これどうしようかな」
亜夢が迷っていると玄関が開き、ただいま、という声と、お邪魔します、という二つの声が聞こえた。歌唄と空海である。
あ、と思いついたように、亜夢は幾斗を見た。
「これ、歌唄と空海にあげてもいい?」
幾斗が笑顔で頷いたのを見て、亜夢は幾斗の部屋のドアを開けた。
「お帰り、歌唄、空海」
「あむ。来てたの」
丁度階段を上り終えた歌唄は亜夢に気づき、笑顔を見せた。
パタパタと走り寄り、亜夢はチケットを歌唄に渡す。
「今度の日曜日、一緒に行かない?」
「これ、今度できたところ?」
受け取ったチケットを見ながら、歌唄が訊いた。そうだよ、と亜夢が答えると、空海がにこやかに口を開く。
「へぇ、いいじゃん。行こうぜ、歌唄?」
「そうね」
空海に、歌唄も笑顔で返す。とても自然で、穏やかな空気だった。
◇ ◇ ◇
日曜日。亜夢は、幾斗と二人でテーマパークへ向かっていた。
「……」
幾斗の半歩後ろを歩きながら、亜夢は、じっと幾斗の手を見つめている。手を、繋ぎたい。でもそんなことは恥ずかしくて、口が裂けても言えない。
「あむ」
振り返り、幾斗は亜夢に向かって手を差し出す。
「な、何……?」
「手。繋ぎたいんだろ? そういう顔してるぜ?」
「!」
一番気づかれたくなかったことに気づかれてしまい、亜夢は耳まで紅潮させた。
「そ、そんなこと言ってないし!」
「顔に書いてある」
「か、書いてないっつの、バカ猫っ」
顔を見られないように、亜夢は足早に幾斗の前を通り過ぎる。ふぅ、と息を吐いて、幾斗は後ろから亜夢の手を掴んだ。
「じゃ、俺が繋ぎたい」
優しく微笑まれ、亜夢は言葉を失くす。
幾斗は亜夢の手に自分の指を絡ませて、足を動かし始めた。
すごく、悔しい。悔しいけれど、すごく嬉しい。亜夢がどんなに意地を張っていても、幾斗はそれに気づいて、亜夢がしたいことをしてくれる。そんな可愛くない意地さえも、愛おしいと包み込んでくれる。
「……ごめん。意地っ張りで」
勇気を出して、亜夢は思いを言葉にした。嫌われたくない。その一心で。
「夜は素直なのにな」
「!!」
ばっ、と勢いよく手を離し、亜夢は頬を膨らませた。そうして、大っ嫌いっ、と捨て台詞を吐いてから、逃げるように走って行く。
くっくっ、と笑いながら、幾斗はそんな亜夢を追いかけた。
◇ ◇ ◇
「遅かったなぁ」
「出た時間、あたしと一緒だったのに」
不思議そうに、歌唄が幾斗にそう言った。
「ああ。だってあむが……」
「うっさい、馬鹿猫!」
幾斗の言葉を亜夢が制して、何も言わせない。
あれからしばらく追いかけっこをして、ようやく手を繋いでテーマパークまで来ることができたのだ。
「ま、いっか。とっとと中に入ろうぜ」
「そうね」
自然に、するっと歌唄は空海の腕に自身の腕を絡めさせた。きっと、そうすることが当たり前で、いつも二人で歩く時にはそうしているのだろう。自然にそうできる歌唄が、羨ましい。
「どっから回る?」
「つーか、別行動にしようぜ。また昼にでも落ち合うようにして」
空海の問いに、幾斗がそう答えた。
「そうね。じゃあ、12時にここで」
「わかった」
歌唄が手を振り、そして空海と二人でテーマパークの奥へと姿を消した。
「あむ」
ふぅ、と息を吐いて、幾斗は亜夢を見る。
「言いたいことがあるなら、言えよ?」
「何もないし」
素っ気なく、亜夢は答える。
「ったく。かわいげのねー女……」
幾斗の言葉が、深く亜夢の胸に突き刺さる。
こんな言葉を言わせてしまったのは他でもない自分なのに、涙が出てくる。かわいいことを言って甘えることもできない。素直になれない自分を、この時ほど後悔したことはない。
言葉にしなくても伝わる気持ちはある。でも、言葉にしなければ伝わらない気持ちも、当然あるのだ。
はぁ、とため息を吐いて、幾斗は亜夢の両手を握る。
「世話の焼ける奴だな」
え、と俯いた顔を上げれば、幾斗は優しく微笑んでいた。
「俺は、いつだってあむと手を繋ぎたいし、腕だって組んで欲しいと思ってる。だからあむがそれを望むなら、遠慮しなくていいから」
「……うん」
とくん、と亜夢の心臓が波打つ。幾斗の優しさが、嬉しい。
いつか、自然に幾斗と手を握れる日が来るのだろうか。自然に、幾斗の腕に自身の腕を絡められる日が来るのだろうか。
亜夢の努力次第で、それはいつでも叶う。幾斗も、それを望んでいるのだから。
◇ ◇ ◇
「それにしても、暑いわね」
9月の中旬だというのに、気温は30℃を超えていた。
「アイスでも食うか?」
「そうね」
空海が提案し、小走りでソフトクリームを買いに行く。歌唄は、近くのベンチに腰かけて空海を待っていた。
ソフトクリームを両手に持った空海が、歌唄のところに歩いてくる。そうして歌唄に一方のソフトクリームを渡して、歌唄の隣に座った。
「これ、あっさりしてて美味しいわね」
空海から手渡されたソフトクリームを一口食べて、歌唄がそう呟いた。
「それ、パッションフルーツ味。因みに、俺のはほうじ茶味」
「……美味しい?」
「以外に。食うか?」
ソフトクリームを差し出されて、歌唄は、ぺろ、と舌で少し舐めた。
「……以外に、美味しいわね」
「だろ」
にかっと笑って、空海は歌唄に白い歯を見せる。そしてソフトクリームを握っている方の歌唄の手を取り、自分に引き寄せた。
「ホントだ、あっさりしてる。歌唄みてぇ」
「どういう意味よ」
自分の手の中にあるソフトクリームを舐めながら、歌唄は訊いた。
「日奈森にはあっさりしてるのに、俺にはすごく甘い」
空海の言葉に一瞬目を丸くし、ふ、と噴き出して歌唄は笑った。
「あたし、空海に甘い?」
笑いながら、歌唄は訊いた。
「俺しか聞けない、甘い声を出すだろ?」
ぼそ、と歌唄の耳元で、空海は囁いた。かぁ、と頬を赤くし、バカ、と呟きながら、歌唄はソフトクリームを舐める。
「……さっきも思ったけど、歌唄がソフトクリーム食べてるのって、何かエロいよな」
「何よ、それ」
空海の言葉に、歌唄はソフトクリームを食べるのを止めて、空海を見る。
「舌遣いがさ。最中を連想させる」
「もぅ、空海……っ」
真っ赤な顔で空海を睨むが、あまり効果はない。ははっと大きな声を出して、空海は笑った。それから歌唄の肩に手を置いて、耳元でそっと囁く。
「今日も聞きたいな。歌唄の甘い声」
「……気が向いたらね」
素っ気なく言うが、それさえもかわいく見えてしまう。本当に、どうしてこんなにかわいいのだろう。
「歌唄、アイスついてる」
「え、どこ?」
ハンカチを取り出して拭こうとしたら、ぺろ、と空海に口元を舐められてしまった。
「取れた。ご馳走さん」
「もう、空海ったら」
恥ずかしそうに俯いてみせたが、どこかしら、幸せそうな表情でもあった。
「俺も、アイスついてねぇ?」
「……ついてないわよ」
「ホントか? 口とか、ついてるだろ?」
「……」
迷った挙句、歌唄は素早く空海の唇に自分のそれを触れさせた。
「取れたわよ」
満足そうに、へへ、と笑い、空海は立ち上がった。つられて、歌唄も立ち上がる。どちらからともなく手を繋ぎ、二人はまた歩き出した。
そんな二人を遠くから見つめる影が、二つ。
「……ああいうの、無理か?」
「絶対ムリ」
歌唄と空海を見ながら、幾斗は亜夢にそう問うた。答えはわかっていたが、聞くと、やはりため息が出てしまう。
「で、でも……」
幾斗の服の裾を掴み、亜夢は頬を赤らめる。
「頑張る、から。アイスは、まだ無理だけど」
亜夢なりの、精一杯の言葉だ。それがわかり、幾斗は嬉しくなって亜夢を抱き締めた。
「い、く……!?」
「頑張ろうな、一緒に」
一緒に。その言葉が、亜夢には嬉しくて。
「……うん」
亜夢は、幾斗の腕の中で幸せを感じていた。
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