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「学園祭?」

「そ」

 幾斗はそう言われて、亜夢から2枚の入園券を受け取った。

「今度の日曜なんだけど。券、余ってたから」

 わざわざ幾斗のために持ってきたのに、敢えてそうは言わずに、亜夢は、ふい、と幾斗から顔を背けた。

「……来てほしいなら、そう言えばいいのに」

「はぁ!? べ、別にイクトに来てほしいなんて、これっぽっちも思ってないんですけどっ」

「はいはい」

 ふ、と口元に笑みを浮かべ、幾斗は亜夢を見つめた。

◇ ◇ ◇


「む、無理ー!! 絶対に無理だから、それっ」

 学園祭当日。
 亜夢は、喫茶店に使うクラスの隅に暗幕を引いて作った控え室で、ややにメイド服を突きつけられていた。

「いいじゃん、かわいいし。あむち、絶対似合うって」

「に、似合う似合わないの問題じゃなくて……。そ、そんな服、キャラじゃないし。第一、制服にエプロンつけるだけだって……」

「そんなの、ちーっともかわいくないじゃん。せっかくなら、かわいいのがいいもん」

「……」

 亜夢は、スカートのポケットに忍ばせてある携帯で時間を確認した。幾斗が来ると言っていた時間は、そろそろである。ぷい、とややが頬を膨らませて顔を背けた隙に、亜夢はそーっと逃げるように暗幕から出て行った。

「あ! あむちー!!」

「時間には戻ってくるからっ」

 ややに呼び止められたが、それを振り切って亜夢は走った。とにかく、今は逃げるしかない。あんなフリフリの服を着て、今日を過ごすわけにはいかないのだから。



 廊下の角を曲がると女生徒達が騒いでいるのが目について、亜夢は足を止めた。

「あれ、ほしな歌唄だよね」

 女生徒たちの話し声が、亜夢の耳に入る。

「ほっそー。さすが、アイドルは違うよねー」

「っていうか、彼氏も超カッコよくない? 美男美女のカップルって、ホントにいるんだねー」

 亜夢の目に映ったのは、幾斗と歌唄の姿。その二人が歩く姿は、とても自然で。恋人同士のような雰囲気さえ醸し出している。二人の関係を知らない人なら、間違いなく恋人同士だと勘違いするであろう。

 亜夢と並ぶと凸凹なのが、歌唄と並ぶと身長差もちょうどよくて。本当の兄妹なのに、まったくそう見えない。歌唄が話しかけ、それに微笑み返す幾斗。その二人の様子は、兄妹だとわかっていても見惚れてしまうほどに美しい。

 きつく唇を噛み締め、亜夢は駆け足でその場から立ち去った。これ以上、歌唄と並ぶ幾斗を、見ていたくない。見て、いられない。



 先ほどからスカートのポケットの中で、ぶぶぶ、と携帯が鳴っている。たぶん、幾斗だろう。わかってはいたが、とても出る気にはなれず、亜夢は校舎の屋上へと繋がる階段の踊り場で横になっていた。普段、誰も出入りをする場所ではないので、きっと制服は埃で白く汚れてしまっているだろう。だがそんなことは気にもせず、亜夢は、ごろん、と身体を横に動かす。

 幾斗と歌唄が二人で並んで歩く姿が、脳裏に焼きついて離れない。思い出したくないのに、何度も何度も繰り返し、亜夢の頭の中に二人の姿が映し出される。

 きゅ、と亜夢は唇を噛んだ。

「見ーっけ」

「!?」

 声がして、亜夢は慌てて身体を起こした。

「い、くと……」

 耳に当てたままの携帯を、ぱたん、と閉じると、亜夢のポケットの中の携帯も鳴り止んだ。それに気づいたように幾斗は、はぁ、と深くため息を吐く。

「携帯、持ってたんだ」

「な、鳴らしてたの? 気づかなかった」

 目を合わせないように、亜夢はそっぽを向いた。それにカチンときたのか、幾斗は亜夢の顎を掴んで自分に引き寄せ、無理に唇を重ねた。

「――…っ!?」

 口の中を執拗に掻き回され、力が抜ける。幾斗の思うがままに翻弄され、亜夢の思考回路は停止寸前だった。

 唇を離して、幾斗に優しく亜夢を抱き締めた。幾斗の心音が、亜夢の耳に届く。それがとても心地よくて、思わず眠ってしまいそうになる。

「……機嫌、直った?」

 幾斗の言葉で、亜夢は現実世界へ引き戻される。先ほどの口づけでいくらか落ち着きを取り戻しはしたものの、亜夢はまだ、機嫌を損ねていた理由を話していない。長い長い口づけの末に解放された亜夢は、そのまま幾斗の胸の中に崩れ落ちるように抱き止められたのだった。

「……あむが来いって言ったクセに」

 その言葉にカッとなって、亜夢は幾斗から離れた。

「そんなこと、誰も言ってないじゃんっ。そ、それに、歌唄と一緒だなんて聞いてない!」

 言ってしまってから、はっ、と口を噤む。違う。歌唄と一緒だったことが嫌だったのではない。
 来てくれて、嬉しかった。嬉しかったのに、二人が並んで歩いている姿を見たら惨めになって。そんな惨めな姿を、幾斗に見られたくなくて。それで、隠れていたのに。

 ふぅ、と息を吐いて、幾斗は頭を掻いた。

「なんだ、ヤキモチか」

「はぁ!?」

「妬いたんだろ、歌唄に?」

「や、妬いてなんかない!」

「そんなにあむが俺のことを想ってくれてたなんて、知らなかったな」

「だから、違うって!!」

 ニヤニヤしながら、嬉しそうに幾斗は亜夢を見つめる。これ以上反論しても、無理かもしれない。

 困ったような表情の亜夢に、おいで、と手招きすると、おずおずと亜夢は幾斗の胸に顔を埋めた。

「……ごめん」

 ぼそ、と亜夢が口を開く。

「歌唄と一緒にいるのを見たら、なんか、すごく絵になってて。見て、いられなかったの」

「それを、ヤキモチって言うんだぜ」

 幾斗はまた、亜夢の顎を掴んで上を向かせ、唇を重ねた。今度は優しく、触れるだけの。甘くて、熔けてしまいそうな口づけを。

◇ ◇ ◇


 亜夢の店番の時刻になり、一人になった幾斗は階段を下りてしばらく廊下を歩いていた。すると、目の前に明らかに不自然なメイド姿の二人を見つけて。そっと、二人に近寄る。

「なんで僕まで、こんな格好……」

「似合ってるからいいじゃん、唯世は。俺なんか、全然似合わないのにこんな格好してんだぜ」

「そもそも、相馬くんが言い出したんだよ。メイド喫茶なんて……」

 唯世の言葉に、ぴく、と幾斗が反応する。

「しょうがねぇだろ。先輩に脅されたんだよ。ほしな歌唄を紹介しないなら、ガーディアンメンバーでメイド喫茶やれって」

「だからって……。みんなには普通の喫茶店なんて、嘘まで吐いて」

「俺の歌唄を、紹介できるわけないだろ?」

「……ふぅん」

 真後ろから聞こえたその声で、唯世と空海の背筋が凍りついた。聞き覚えのある、今一番会いたくなかった人物の声。
 二人の顔から、途端に脂汗が噴き出た。

◇ ◇ ◇


「お帰りなさい、ご主人様♥」

「……」

「――…げ」

 亜夢が満面の笑みを向けた相手は。よりによって、一番見られたくない相手だった。 絶対に見られてはいけない人に、一番恥ずかしい姿を見られてしまった。
 そんな亜夢の姿に、目を丸く見開いたまま、幾斗は固まっている。

「ささ、ご主人様。お席はあちらですぅ〜」

 素早く、ややが幾斗を席に着かせる。幾斗は変わらず、呆然としたままだ。

「おら、日奈森。メニュー持ってけ」

「いたっ」

 幾斗と一緒に姿を現した空海が、メニュー表で亜夢の頭を叩きながら、そう言った。

「……」

「何だよ?」

「どうでもいいけど。変だよ、それ」

「わかってるっつの」

 そ、と幾斗に近づき、亜夢は幾斗の目の前にメニュー表を広げた。

「な、何にしますか?」

「……」

「い、イクト?」

 幾斗は、ぐい、と亜夢の腕を引っ張り、ぼそ、と亜夢に耳打ちする。瞬間、亜夢の顔が紅潮した。

「……コーヒーでいい」

 そんな亜夢を尻目に、幾斗は答える。

「……畏まりました」

 頬を赤く染めたまま、亜夢はメニュー表を片づけて暗幕の裏に姿を消した。



「ややちゃーん。ケー番教えてよー?」

「ダメダメ。そういう要望には、お応えできませーん」

 ウェイトレスの中で一番メイドを満喫しているのは、間違いなくややだった。本物のメイドなんじゃないか、と疑わしいほど、メイド服も着こなしている。
 当番は午前中だけだったはずなのに、メイドが気に入ったのかずっとウェイトレスをやっていた。

「じゃ、写メは?」

「写メはおっけーだよ。みんなで撮ろ♪」

 ウインクしながらややが言うと、男子生徒は喜んでややに群がった。

「ほら、あむちも」

「え? ち、ちょっ……、やや!?」

 近くにいた亜夢の手を取り、ややは無理矢理、亜夢をその中に引き込む。そのドサクサに紛れて誰かが亜夢の肩を抱いているのを、幾斗は見逃さなかった。

 イライラしながらも、ほとぼりが冷めるのを待とうと思っていた幾斗だが、我慢の限界だった。がた、と席を立ち、群れの中に足を踏み入れる。

「きゃっ!?」

 否応無しに亜夢を肩に担ぎ、唖然として静まり返った教室を、後にした。

◇ ◇ ◇


「……ん、ふ……。ぅ、ん……っ」

 亜夢は、必死に耐えていた。幾斗からの、激しい愛撫に。怒りの隠る、熱い口づけに。

 鎖骨を甘噛みし、それから深く吸いつけばそこには朱色の痣ができる。その跡を、幾斗はいくつも亜夢の身体につけていく。そうして亜夢の白い肌に赤い斑点をつけたあと、亜夢の耳元でそっと囁いた。

「さっきのメニュー、今くれよ」

「……こ、ここで?」

「そう」

 ただでさえ赤かった亜夢の顔が、ますます赤く染まる。

「お、怒って、る……?」

 恐る恐る、亜夢は訊いてみる。

「……少し、な」

 ふ、と口元に笑みを浮かべて幾斗が言えば、ほっとしたように、亜夢は幾斗の胸に顔を埋めた。そんな亜夢を、優しく抱き締める。

「怖がらせて、悪かった」

「へーき……」

 さっきまで怖かったのが、嘘のようだった。幾斗から怒気がなくなっただけで、こんなに心が救われるなんて。

「でも、あの笑顔は反則だよな」

「ご主人様♥ってヤツ?」

「そ」

 ふふ、と亜夢が笑うと、つられて幾斗も微笑んだ。

「……大人気なかった、な」

 少し気恥ずかしそうに、幾斗は俯いた。そんな幾斗を優しく抱き締め、亜夢は口を開く。

「そんなことないよ。正直、助かった。メイドなんて、あたしのキャラじゃないから。連れ出してくれて、ありがとう」

 正直、ここまで独占欲が強いなんて自分でも思っていなかった。望んだものが手に入ったのは、初めてで。嬉しくて、幸せで。絶対に、手放したくなくて。繋ぎ止めておかないと、どこかに行ってしまいそうで。
 自分の中に、こんなにも大人気ない部分があったなんて、知らなかった。

「……あむ」

「ん?」

 あどけない笑顔で、亜夢は幾斗を見る。

「今、欲しい」

 かぁ、と耳まで赤く染まる。

「こ、ここ、学校……」

「すぐ終わる」

「だ、誰かに見つかっちゃう、かも……」

「あむが声を出さなきゃ、バレないさ」

 言いながら、幾斗は亜夢に覆い被さるように沈んでいく。
 幾斗が欲しいものは、亜夢以外にない。亜夢以上に欲しいものなんて、何もないのだ。

 『あむ』は、幾斗限定のメニューである。


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