しゅごキャラ!/気丈なあの子が涙するとき


 空海は歌唄を家まで送るため、歌唄と手を繋いで歩いていた。もうすぐ、歌唄の家が見えてくる。
 そっと歌唄の様子を伺うが、俯いているせいで顔色はわからない。

 はぁ、とため息を吐くと、それに気づいたかのように歌唄が足を止めた。

「……歌唄?」

 顔を覗き込むと、歌唄はポロポロと涙を流していて。ぎょっ、として空海は慌てふためいた。

「ど、どうした、歌唄? 腹でも痛いのか? 何かあったのか?」

「……っ、ちが……っ」

 空海の言葉に首を振って、歌唄は空海の胸に飛び込んだ。一瞬にして、空海の頭は真っ白になる。
 自分の腕の中で必死に声を殺して泣く歌唄の姿が、とても愛しく感じる。どうしてこんなにも、可愛いのだろう。

「……どうした?」

 優しく歌唄の背中に手を回して、空海は問うた。

「空海、怒ってる……?」

「え?」

 突拍子もないことを聞かれて、空海は目を丸くする。

「別に、何も」

「嘘。怒ってるでしょ?」

「いや、だから……」

 はぁ、と深く息を吐き、空海は歌唄の肩を掴んで自分から離した。そうしてまっすぐに歌唄の目を見る。

「俺は、何も怒ってないって」

「……」

 空海の言葉に、歌唄はまた泣きそうな顔になる。

 一体どうして、急にそんなことを思ったのか。皆目、検討もつかない。

 歌唄の手を引き、近くの公園に入る。そうしてベンチに腰を下ろすが、歌唄はなかなか口を開かない。
 そんな歌唄に業を煮やして、空海から口を開いた。

「どうして、俺が怒ってると思ったんだ?」

「……だって。空海、何もしゃべってくれなかったじゃない」

「は?」

「帰り道。一言もしゃべらなかったじゃない!」

 確かに。いつもは色々話しながら帰るのに、今日に限って空海は何も話さなかった。
 だがそれは考えごとをしていたからであって、別に怒っていたわけではない。

 何もしゃべらない空海が怒っていると思い、歌唄も段々と落ち込んで、俯いてしまっていたのだ。

「悪かったよ。ちょっと、考えごとしてたんだ」

「……考えごと?」

 ああ、と頷いてから、空海は隣に座る歌唄の手を握り締める。

「今日……、キスしてるところを、イクトに見られただろ?」

 歌唄は何も言わずに、空海を見つめた。

「あの時、お前、すごく嫌そうだったから。まだ、イクトのことが好きなのかなって思って。俺は、このまま歌唄と一緒にいてもいいのかって考えてた」

「そ、そんなの……!」

 立ち上がり、当たり前じゃない、と歌唄は続ける。

「た、確かに、イクトに見られたのは嫌だったけど、でもそれは、イクトが好きだから嫌だったんじゃなくて、ただ恥ずかしかっただけで……。それに、今は……」

 空海の方が好きだから、と言ったが、言葉にするのは恥ずかしくて、語尾が消え入りそうに小さな声になってしまった。

 空海の耳に歌唄の声は届かなかったが、ちゃんと、歌唄の伝えたい言葉は届いた。
 空海も立ち上がり、歌唄を優しく抱き締める。

「ありがとな、歌唄」

 空海の言葉に、歌唄の目尻に涙が溜まってきた。長い期間片想いをしてきたので、思いが通じて一緒にいられることがこんなにも幸せで温かいものだなんて、知らなかった。



 ぱたん、と歌唄の部屋のドアが閉まる音がする。それよりも早く、空海は深く、歌唄に唇を重ねた。

「ん……、……っ」

 唇の隙間から、歌唄の声が漏れる。力が抜けたように、歌唄は手に持っていたバッグを床に落とした。

 はぁ、と呼吸を乱して唇を離すと、空海は、ひょい、と歌唄を抱え上げ、ベッドに横たえる。虚ろな瞳の歌唄に、空海は何度も啄ばむようにキスを贈った。

 空海の唇が触れたところが、熱を持っているみたいに火照ってくる。

(やばい。理性が……)

 思って顔を上げれば、歌唄の目尻に涙が溜まっているのがわかった。悪い、と慌てて離れる空海の腕を、歌唄が掴む。

「違うの、嫌じゃないの。ただ……」

 嬉しくて。

 歌唄の言葉に安心したように、空海は歌唄の胸に顔を埋めた。

 幾斗以外の誰かを、こんなにも愛しく思える日が来るなんて、夢にも思わなかった。小さいときから、ずっと幾斗のことが大好きで。幾斗のことしか、見えていなくて。

「……空海」

 名前を呼べば、空海は優しく微笑んで頬に唇を落とす。

 続けてもいいのか、と自分に問いかけながらも、空海は愛撫をやめることができなかった。こんなに可愛い歌唄を前に、理性が保てるわけがない。

「愛してる……」

 歌唄が言うと、俺も、と空海も同じ言葉を囁いた。それで完全に、空海の理性は飛んでしまった。もう、止められない。

 人間の本能というものは、すごい、と思う。経験なんかないのに、自然と身体が動いて歌唄を欲する。
 どうすれば、歌唄は喜んでくれるだろう。どうすれば、歌唄は嫌がらないだろう。思うよりも先に、身体が動いて止まらない。何よりも自分の奥が、深く歌唄を愛したい、と言っている。

 目を閉じ、歌唄は空海の愛撫を受け入れていた。誰かに肌を晒すことは、そうあることではない。恥ずかしくて仕方がないのに、それよりも空海に触れてもらいたい、という気持ちの方が勝ってしまって。

 羞恥心よりも何よりも、空海の腕に抱かれることに幸せを感じて。自分でも驚くほど、素直に空海を受け入れることができて。

 指を絡ませ合いながら、二人の影が重なっていく。ゆっくりと、歌唄は空海に飲み込まれる。
 気が狂いそうなほどの幸せが、押し寄せて来て。

 手と手を触れ、肌を合わせて身体を重ねる。恋人同士のそんな自然の摂理の中で、愛しいという気持ちの意味を、二人は初めて知った。


しゅごキャラ!/気丈なあの子が涙するとき■END