しゅごキャラ!/見てないようでちゃんと見てる
「カップル遊園地?」
首を傾げながら、亜夢はややの手の中にあるチケットを1枚受け取る。大事な話があるから、と亜夢たちはややに呼ばれ集まっていた。
「商店街の福引で当たったんだ。ペアチケットで3枚あるから、明日みんなで行こ♪」
「面倒臭い。あたし、パス」
「えぇ〜!?」
ややを尻目に、りまは冷たく言い放つ。その言葉にショックを受けたややが叫んだ。
「まぁまぁ、りまちゃん。楽しそうじゃない。一緒に行こうよ」
りまを宥めるように、なぎひこが声をかける。
「せっかくだから、行こうか。久しぶりに、みんな集まったんだし」
くす、と口元を綻ばせながら、唯世が言った。それに応えるように、だな、と空海も頷く。
ふぅ、とため息を吐いて、りまがややを見やった。
「まぁ、いいわ。暇だから行ってあげる。あむも、もちろん行くわよね?」
「うん。特に用事もないし」
「やったー!」
亜夢とりまの言葉を聞いて、ややが嬉しそうに飛び跳ねた。
◇ ◇ ◇
「おーい、日奈森ぃ」
家を出てすぐ、亜夢は呼び止められて。振り向けば、空海が亜夢に走り寄って来ていた。
「おまえも今から行くんだろ? 一緒に行こうぜ」
昨日、あれからややの作った即席くじの結果、亜夢は今日一日、空海とペアを組むことになった。
不意にそのことが頭を過って、少しだけ恥ずかしくなる。だが空海と一緒に歩いている内に、ふと、亜夢は気づいてしまって。
(空海って……)
身長差が、丁度いい。亜夢も決して背が低い方ではないが、幾斗は背が高いので、並ぶとどうしても兄妹に見られてしまう。
(仕方ないけど、さ)
中学生と、高校生の差もある。空海は1つ上で、幾斗は5つも年上なのだから。
「日奈森、危ね……っ」
「きゃっ!」
不意に、空海に腕を引っ張られ、そのまま抱き竦められてしまった。何が起こったのか、亜夢の思考が停止してしまう。
「足元、ちゃんと見て歩けよ」
空海の身長に気を取られて、亜夢はまったく足元を見ていなかった。
言われて足元を確認すると、マンホールの蓋が開いていた。空海が腕を引いてくれなかったら、亜夢はマンホールの中に落ちてしまっていただろう。
「あ、ありがと」
「おう」
それは、本当に助かったと思う。でも。
(こ、この体勢は、ちょっと……)
傍から見れば、空海が亜夢を後ろから抱き締めているようにしか見えない。こんな姿を誰かに見られてしまったら、と思いながら、亜夢はそっと辺りを見回す、と。
(――…!!)
一番見られたくなかった人物の姿が目に入り、亜夢は青くなる。その亜夢の視線に気づいたように、空海も亜夢の視線の先を向いた。
「歌唄」
(え?)
幾斗にばかり気を取られていてまったく気づかなかったが、幾斗の腕に自身の腕を絡ませた歌唄の姿が、隣にあった。
(……空海?)
驚いた顔でお互いを見つめる、空海と歌唄。
亜夢には、この二人の間に流れる空気を読むことができなかった。
「兄妹で、腕組んでデートかよ? 仲のよろしいことで」
重い沈黙を破ったのは、皮肉たっぷりの空海の言葉だった。なんだか、いつもの空海らしくない言葉だ。
「こんな往来で抱き合うより、よっぽどマシだと思うけど」
歌唄も、負けじと言い返す。
「俺たちゃ、他人だからな」
「わっ。ち、ちょっと、空海!?」
空海は、わざとらしく亜夢を抱き締めるその手に力を込める。まるで、歌唄と幾斗に見せつけるかのように。
「別に、抱き合ってたって、変じゃねーし」
「――…っ。な、何よ! あむとデートだなんて、聞いてないっ」
「言ってねぇからな。しょうがねーだろ? 先約は先約なんだから」
「先約だろうと何だろうと、普通は彼女を優先するわよ!」
(な、何、これ?)
この二人の言い合いは、まるで。
まるで、恋人同士の痴話ゲンカのような。
いや、ようなではない。実際、痴話ゲンカなのだろうと思う。
(も、もしかして。歌唄と、空海がぁ!?)
意外な組み合わせに、亜夢は目を丸くする。言い合いながらも、空海は亜夢を抱き締める手を離さない。
(だ、だけど……)
今は、空海と歌唄のことよりも。
(し、視線が……)
幾斗の、亜夢を見る目が痛い。残酷なまでに冷やかな目で、亜夢を見つめている。
(あ、あたしのせいじゃないのにーっ)
とてもじゃないが、亜夢は恐ろしくて、幾斗を直視できなかった。
◇ ◇ ◇
「……はぁ」
「だーかーらぁ。悪かったって」
観覧車の中で、空海は亜夢に頭を下げる。
「謝られたって……」
幾斗の機嫌がよくなるわけではない。あの冷やかな目には、明らかに怒気が含まれていた。
次に幾斗と顔を合わせるのが、怖い。
「……はぁ」
結局、亜夢は観覧車が一周するまで、ずっとため息を吐いていた。そんな亜夢に、空海も頭を抱える。
観覧車から降りると、ややがこちらを見て、手を振っていた。側に歩み寄り、声をかける。
「次はあっちー」
「……パス」
ややが指差した方向を見ると、お化け屋敷の看板があった。考える間もなく、亜夢は首を横に振る。
「言うと思ったけどさ……。でもでもぉ、順路はあっちだし。行こうよ、あむち?」
亜夢の苦手なお化け屋敷を前に、ややは亜夢に腕を絡めて懇願する。こうなると、もうややは駄々っ子になって手をつけられなくなる。
はぁ、と観念したように息を吐いて、亜夢はお化け屋敷に足を向けた。
「いらっしゃいませー。男性はこちらからどうぞー」
「って、別々!?」
お化け屋敷の入り口で、従業員の男の人が、そう言いながら空海を促した。どうやら、男女別々に入って行くらしい。
「中で、彼氏に見つけてもらって下さーい」
無事に出られるだろうか。苦手なお化け屋敷を目の前に、亜夢は不安を隠せなかった。
そうして別々の入り口から、唯世となぎひこに続いて空海も姿を消す。それを見届けてから、りまとややも女性側の入り口に入っていった。
ふぅ、と息を吐いて覚悟を決め、亜夢も中に入る。
お化け屋敷独特の雰囲気。真っ暗で、薄暗い空間。
「りまー? ややー?」
先に入ったりまとややを探して声をかけるが、返事はない。
(……もぅ、ヤだ)
段々、亜夢は泣きたくなってくる。幾斗には冷たい目で見られ、お化け屋敷の中では一人。
「くーかーい……」
涙を堪えながら、それでも名前を呼んでみる。やっぱり、返事はない。
「もー、帰りたいよぉ……」
寂しくて、亜夢の脳裏に一人の青年の姿が浮かぶ。いるはずはない。わかってはいるけれど。声に出さずにはいられなくて。
「……イクトぉ」
「何だよ」
「!?」
浮かんだ青年の名を呼ぶと、目の前に黒い影が止まった。
「い、イクト……」
姿を確認し、亜夢の気持ちはすっと軽くなる。安堵のあまり、亜夢は思わず幾斗に抱きついた。
いつもの亜夢らしくない行動に、幾斗は驚いて目を丸くする。
幾斗の腕の中で、声を殺して亜夢は泣いた。不安で、仕方がなかったのかもしれない。そんな亜夢の身体を、幾斗はきつく抱き締めてくれた。
「……ねぇ、イクト?」
幾斗と手を繋ぎながら、亜夢は暗いお化け屋敷の中を歩いていた。
「歌唄は?」
「……」
亜夢の質問に、幾斗は何も答えない。聞いてはいけないことだったのか、と亜夢も口を噤む。
「いたっ」
急に幾斗が立ち止まったので、亜夢は幾斗にぶつかってしまった。
「あむ。おまえの彼氏」
「え?」
ぶつかった鼻を押さえながら幾斗が示した方を見ると、視界に入ったのは空海と歌唄だった。話声は聞こえないが、何やら口論をしているらしかった。
歌唄が空海に怒鳴り、空海も歌唄を怒鳴る。そうして何度かそれが繰り返された後、歌唄がその身を翻して空海の側から離れようとした瞬間。
空海の手が歌唄の腕に伸び、そのまま歌唄を引き寄せた。
「――…!」
思いがけない二人のキスシーンに、亜夢は赤面する。嫌がって離れる歌唄を尚も引き寄せ、空海は唇を重ね続けた。
次第に、歌唄は腕を空海の首に回し、空海のそれを受け入れる。
「して、やろうか?」
「……っ!!」
赤くなって顔を両手で覆う亜夢に、幾斗がそっと耳打ちした。何を、と聞かなくてもわかる。
今の空海と歌唄を見てしまったら。きっと幾斗が言っているのも、それだろうと思う。
泣きそうな目で幾斗を睨むと、幾斗は満足そうに笑った。なんだか、負けた気がする。
その時、プルルルル、と高らかに電子音が鳴り響き、亜夢ははっとした。その音に反応したのは、亜夢だけではない。空海と歌唄もその音に気づいて、亜夢と幾斗を発見した。
「……イクト!?」
「ひ、日奈森……っ」
瞬間、その場に気まずい雰囲気が、流れた。
◇ ◇ ◇
「あれー? イクトに歌唄ちゃん?」
お化け屋敷を出ると、ややが幾斗と歌唄に気づいて声をかけた。
「お化け屋敷の中で会ったの?」
「う、うん。まぁね」
はは、と無理に笑みを浮かべて、亜夢が答える。
「……なんか、変」
顔を赤く染め上げた亜夢の様子に、りまが怪訝そうな顔をした。
「まーいいや。次のアトラクションに、ゴー!」
マイペースなややのおかげで然程突っ込まれもせず、亜夢は、ほっとした。
先頭をややが歩き、その後にぞろぞろとみんながついて行くのだが。よく見ると、ペアが入れ替わっている。
確か最初は、唯世&りま、なぎひこ&やや、空海&亜夢だったはずなのだが。
なぎひこの隣には、ぴったりと、りまが寄り添っている。空海の半歩後ろを歌唄が歩いているが、みんなにばれないように空海の後ろに手を隠しながら、繋いでいるのがわかる。
(……いいなぁ)
何だかんだ言いながらも、仲がよさそうで。
りまも、いつも怒っているように見えるが、それでもやはり、なぎひこの前では可愛い女の子になるのだろうと思う。
歌唄だってそうだ。いつもは意地を張ってばかりいるが、空海の前だと、とてもしおらしい。亜夢には、とても真似できそうにない。
ややたちの後に続いて歩きながら、亜夢はそっと幾斗に目をやった。大きな欠伸をして、つまらなそうにしている。
視線を元に戻してから、ふぅ、と息を吐き、亜夢はもう一度幾斗の方を向いた。
(……あれ?)
幾斗の姿が、ない。今まで、そこにいたはずなのに。
ややたちに気付かれないように注意を払ってから、亜夢はみんなと逆方向に走り出す。
「わっ!」
不意に、亜夢は手を引かれた。建物の影に隠れた、幾斗だ。バランスを崩しかけたが、それを幾斗が支えてくれる。
「どうかした? 気分でも悪い?」
「んー。ちょっと」
亜夢の手を掴んで壁にもたれかかったまま、幾斗はずるずるとその場に座り込んだ。
腕を掴まれているので、自然と亜夢も幾斗の目の前に座り込む。
「大丈夫?」
「へーき」
顔色が悪いようには見えないのだが。一体急に、どうしたというのだろう。
「……イクト?」
不安になって、亜夢は幾斗の顔を覗き込む。すると急に頭を捕まれ、勢いよく亜夢の身体は幾斗に引き寄せられた。
そうしてそのまま、軽く、亜夢の頬に幾斗の唇が触れる。
「……!?」
瞬間、亜夢の顔は耳まで真っ赤になる。頬を押さえて幾斗を見れば、満足そうに笑っていた。
悔しい。いつもいつもバカにされて。でもきっと、こういうふうにしか愛情を表せない人なんだろうと思う。
「あむ」
名を呼んで、幾斗は手を差し出す。そっと、亜夢はその手に自分の手を重ねた。胸が、ドキドキする。
俯いた亜夢の視界に幾斗が映り、亜夢は目を閉じた。ややたちのことは、もう頭に入っていなかった。
カップル遊園地。最後は結局、一番好きな人と一緒にいれた。本当に何かしらのご利益があるのかもしれない、と亜夢は幾斗と口づけたまま、思っていた。
しゅごキャラ!/見てないようでちゃんと見てる■END