しゅごキャラ!/触れないで、でも嫌わないで


「馬鹿っ」

 ぱぁん、と乾いた音が辺りに響いた。鳴ったのは、なぎひこの頬、である。

 目尻に涙を浮かべたりまが、言葉とともに駆け出していった。泣かせるつもりじゃ、なかったのに。

「……りま、ちゃん」

 呆然と、なぎひこは去っていくりまの後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 叩かれた頬が、じんじんと痛むのに。それ以上に痛かったのは、泣かせてしまったことで。

 りまの泣き顔が、目に焼きついて離れなかった。

◇ ◇ ◇


「……りまたんがなぎーとケンカって、珍しいね?」

 なぎひこと目さえ合わそうとしないりまに、ややが訝しげに問うた。

「そうかしら。もともと、なぎひことは合わなかったから」

 つん、と冷たく言い放って、りまはそれでもなぎひこを見ようともしない。

「最初はそうだったけど……。最近は、結構仲よかったみたいだし」

「そう見えただけよ。実際、なぎひこと仲よくしたことなんてないから」

「……」

 おざなりにしか聞こえないりまの言葉に、ややは黙ってしまった。そうして、ちら、となぎひこに視線を移す。ややの視線に気づくと、なぎひこは少しやるせなさそうな表情で笑って見せた。

「んー。じゃ、やや、今日は帰ろっかな」

 亜夢も唯世もいないロイヤルガーデンで、この気まずい空気の中にいるのはとても耐えられなくて。
 ややは、かたん、と椅子を鳴らせて立ち上がった。それに反応したように、あたしも、とりまが言うのを制す。

「りまたんは、ちゃんとなぎーと話してから。そんな空気、明日まで持ち込まないでよ?」

「……」

 じゃあね〜、と明るく手を振ってロイヤルガーデンを後にするややを見送って、なぎひこはゆっくりとりまに近づいたのだった。

「半径3メートル以内に近づかないでっ」

「……」

 警戒するようになぎひこを睨んで、りまは声を荒げる。はぁ、と深く息を吐き出して、なぎひこはそれでもりまに近寄った。

「近づかないでったら、変態!」

「……ヘンタイって」

 がく、と項垂れるようになぎひこは肩を落とした。それから開き直ったように、まっすぐにりまを見つめる。

「じゃあ、言わせてもらうけど。僕だって、健全な男の子なんだから。好きな女の子に触れたいって思う気持ちは、普通だよ」

「ひ、開き直らないで……っ」

 じわり、とりまの目尻に涙が浮かぶ。

「そりゃ、いきなりキスしたのは悪かったと思うけど。りまちゃんが、あまりにもかわいくて。キスしたい衝動に駆られちゃったんだから、仕方ないよね?」

「し、仕方、なくないわよ!」

 後退りながら、それでもりまは言葉を発する。

「りまちゃんが、好きだよ。だから、キスしたかった」

「や、やめてよっ。言わないで、そんなこと……!!」

 頬を真っ赤に染め上げて、りまは座り込んで両手で耳を覆った。

「じゃあ、どうすればいいの? 何て言えば、りまちゃんは許してくれるの?」

「……」

「黙ってるのは、許す気がないから? そんなに、僕のことが嫌いなの?」

「――馬鹿……っ!!」

 声の限りに、りまは叫んだ。嗚咽を洩らしながら、何度もその言葉を呟く。
 やれやれ、と言わんばかりの表情で、なぎひこはそんなりまの隣にしゃがみ込んで頭を撫でた。

「……りまちゃんの辞書って、理解し難いよ。『馬鹿』を『好き』って訳せるのは、きっと僕だけだろうね」

 なぎひこが囁くと同時、ふわり、と柔らかいりまの髪の毛がなぎひこの鼻をくすぐった。胸の中で肩を振るわせるりまの姿に、安堵の息が漏れる。

「好きだよ、りまちゃん」

 きゅ、とその小さな肩を抱いて。なぎひこは、ようやく手にした温もりを噛み締めていた。

 キスをされて。突然だったから、頭の中が真っ白になったけれど。でも、嬉しくて。恥ずかしくて。
 どうすればいいのか、わからなくて。

 ――馬鹿っ。

 気づけば、手が勝手になぎひこの頬を叩いていた。
 後悔してしまったのに、ごめんなさいの一言が出なくて。顔を見ればキスされてしまったことを思い出してしまうから、余計に見れなくなって。

 それでも、なぎひこは引き寄せてくれた。捻くれたりまの言葉を、理解して受け止めてくれた。
 ありがとうさえ言えない、天邪鬼なりまを。それだけで、りまには十分すぎるほどだった。

 涙が止んで、徐にりまはなぎひこから離れる。冷静になって、急に恥ずかしくなってしまった。
 くす、と口元を緩ませて、なぎひこはりまの手を取った。そうして、その手のひらにキスを落とす。

「知ってた? 手のひらへのキスはね、懇願のキスなんだよ」

「……何か、お願いでもあるの?」

 りまの言葉に、うん、となぎひこが頷く。

「りまちゃんの辞書、訳すの難しいから。普通のに変えてもらいたいなって」

「――…っ」

 ばっ、とりまはなぎひこに握られた手を自分に引き寄せた。

「じ、冗談だって」

 焦って、なぎひこはりまに声をかけるが。

「知らないっ」

「り、りまちゃ〜ん……」

 すっかり機嫌を損ねてしまったりまを、なぎひこはそれからしばらく、賺したのだった。


しゅごキャラ!/触れないで、でも嫌わないで■END