しゅごキャラ!/隙だらけの君
「ついてないなぁ」
雨天の空を見上げながら、亜夢はため息を吐いた。
先ほどまで一人でウィンドウショッピングをしていた亜夢は、店外に出て雨が降っていることに気づいた。
だが買い物もしないのに、いつまでも店の中にいるのは忍びなくて。
「やまないのかなぁ」
はぁ、と白い息を吐き出して、亜夢は手を温める。屋根の下にいるとはいえ、やはり横雨になれば身体が濡れる。ぶるっと身体を震わせ、諦めて走って帰ろうかと思ったそのとき。
「あむちゃん?」
名前を呼ばれて、亜夢は振り向いた。そこにいたのは。
「唯世くん」
「まさか、こんなところであむちゃんに会えるとは思わなかったから。嬉しいな」
「……っ」
言いながら、唯世は亜夢に微笑んだ。この天使のような王子の微笑みに、亜夢は弱い。
傘をたたんで、唯世は亜夢の隣に寄り添うように立っていた。そうして、穏やかな表情で亜夢を見つめている。その視線に気づいて、亜夢はわずかに頬を染めた。
「雨がやむまで、待つつもりだったの?」
くす、と口元を綻ばせながら、唯世はそう聞いた。
「う、うん。でも、なかなかやまないから。そろそろ、走って帰ろうかと思ってたところ」
俯いて、亜夢は答える。
唯世と二人でいると、胸が躍る。唯世に対する感情は、ただの憧れだとわかっているのに。それでもやっぱり、唯世には何か、特別な感情があるのかもしれない。たとえそれが、恋愛感情ではなくても。
「じゃあ、一緒に帰ろうか?」
「え?」
ばさっと傘を差して、唯世はその中に亜夢を入れる。
「送るよ」
まるで、亜夢が断れないのを知っているかのように。唯世は、亜夢に笑顔を送る。
「あ……。で、でも……、その……」
吃ってしまって、亜夢は言葉が出せなくなる。そんな亜夢の手を、唯世が握った。
「行こう?」
「……」
繋いだ唯世の手に、力が入るのがわかった。
「はい、そこまでー」
「!?」
不意に、亜夢は背中に温もりを感じた。それと、今最も会いたくなかった人物の、声を。
「とりあえず、賭けは僕の勝ちですね」
「は!?」
「仕方ねぇな」
「賭け!?」
亜夢の背中にいる幾斗と、目の前の唯世と交わされる会話が、亜夢には理解できない。
「じゃ、あむちゃん。また明日ね」
くるり、と身を翻し、唯世は亜夢に手を振って去っていった。その光景を呆然と見つめていると、亜夢に回された幾斗の手に、力が入ってくるのがわかった。
「浮気者」
「はぁ!?」
ぼそ、と亜夢の耳元で幾斗はそう囁く。
「唯世に見惚れてた」
「み、見惚れてなんかないっ」
顔を真っ赤に染め上げて、亜夢は声を張り上げる。
「唯世と相合傘で帰ろうとしてた」
「か、帰ってないっ」
「帰ろうとしてただろ?」
「ぅ……」
追及されて、亜夢は言葉につまる。
承諾したわけではないが、あのまま唯世に手を引かれていたら、確かに幾斗の言うように、相合傘で家まで帰っていたかもしれない。
「帰ろうぜ」
亜夢の背中から離れ、幾斗は亜夢の手を取り微笑んだ。
(怒ってない?)
幾斗の笑顔に、亜夢はほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「夜、お仕置き……な?」
「――…!!」
そう囁かれて、亜夢は耳まで真っ赤に染め上げたのだった。
◇ ◇ ◇
「バニラアイスぅ?」
唯世が食べているアイスを指して、亜夢はすっとんきょうな声を上げた。
「ちなみに、俺が買ったらチョコアイスだったんだけどな」
面白くなさそうに、幾斗が呟いた。
「だって、目に見えた勝負だったじゃないですか」
くすくすと笑いながら、唯世が言う。
「それでも、俺はあむを信じたかったんだよ」
「……」
幾斗の言葉に、亜夢はいたたまれない気持ちになった。
あの日。店の外で雨宿りしている亜夢を、偶然幾斗は発見した。すぐに声をかけようと思ったのだが、後ろから唯世に声をかけられて。
亜夢が、唯世と一緒に相合傘で家まで帰るかどうか、という賭けをしよう、と唯世が言い出したのだった。
「でも、僕にもまだ、勝算はあるってことなのかな、あむちゃん?」
ウインクをした唯世に、亜夢は思わずドキっとしてしまった。その光景に、幾斗が深くため息を吐く。
「おまえ、性格悪くなったな」
「イクト兄さんほどじゃないですよ」
ニコニコしながら、唯世は幾斗に言葉を返す。
そんな二人のやりとりを見ながら、亜夢は折り畳み傘を常備することを、心に決めたのだった。
しゅごキャラ!/隙だらけの君■END