しゅごキャラ!/「おいで」とその目に導かれ
「……あれ?」
学校帰り、亜夢は、一人公園に佇む幾斗の姿を発見した。
「イークトっ」
近づいて、声をかける。ゆっくりと振り向いて、幾斗は亜夢を見た。
「あむ……?」
艶やかな瞳が、いつもよりも色っぽく見える。その瞳に見つめられるだけで、胸がドキドキしてきた。
「ど、どうかしたの?」
胸の鼓動を感じ取られないように平静を装って、亜夢は幾斗に問う。絶対に、何かあったはずだ。いつもの幾斗とは雰囲気が違う。
「別に、何も」
亜夢から視線を逸らして、幾斗は近くのベンチに腰かける。そうして、手招きして亜夢を呼んだ。
「座れよ」
一つ一つの動作が、亜夢の胸を振るわせる。嫌だ、こんな自分。こんなに幾斗にときめいてしまうのは、初めてだ。一体、どうして。
高鳴る胸を静めながら、亜夢は徐に幾斗の隣に座る。少し、離れて。
それが気に入らなかったのか、幾斗は座る場所を少しずつずらして亜夢に近寄る。
「何で、そんなに離れんの?」
肩と肩とが触れ合う距離で、そう囁かれる。自分で、顔が火照りを持ってくるのがわかった。慌てて立ち上がろうとした亜夢の肩を、幾斗が掴む。
「まぁ、座っとけって」
そうしてがっちりと肩を抱かれ、亜夢は身動きが取れなくなってしまう。
「な、何? ど、どうしたのよ?」
思い切り動揺しているのが、自身にもわかる。幾斗が、幾斗ではないみたいで。何故か、緊張する。
「……あむ」
そっと名前を呼ばれて、そのまま幾斗の顔が亜夢に近づいてきた。
「――…っ!!」
キスをされる、と思ってしまったのだが。
「……あれ?」
幾斗の顔は、そのまま亜夢の膝の上に落ちて。少し、拍子抜けしてしまった。
「ち、ちょっと……。イクト?」
訝しげに幾斗の顔を覗き込み、幾斗の顔に触れる。予想以上に、熱かった。
「ね、熱があるなら、そう言えー!!」
いつもより艶っぽくて潤みを帯びた瞳の原因は、決して低くはない熱があったからだったようで。病人に対してあんなに緊張してしまった自分が、恥ずかしくなる亜夢であった。
「どうしろっていうのよ、これ……」
膝の上に幾斗の頭を乗せたまま、亜夢は身動きが取れない。病人を無理に叩き起こすのも、気が引ける。
すぅ、と規則的な寝息を発てる幾斗を見て、思わずため息が漏れてしまった。
「あむ」
しばらくすると、歌唄が空海と共に亜夢の前に姿を現した。ほっとして、自然に安堵の息が漏れる。
「ごめんね、急に呼び出して」
「イクトのことだから。別に、気にならないわ」
「……」
歌唄を携帯で呼び出したのが、10分前。せっかく空海との二人の時間を邪魔してしまったことも含めて亜夢が謝ると、歌唄はさらっとそう言った。空海はそんな歌唄を、面白くなさそうに見つめている。
「さ、空海。イクトを担いで」
「……へい」
言われるまま、空海は亜夢の膝の上にいる幾斗を肩に担ぐ。
「苦労するね、空海も」
歌唄には聞こえないように、亜夢はそっと空海に近づいて声をかける。
「ま、惚れた弱みだな」
言って、空海は亜夢に白い歯を見せた。幾斗とは、本当に対照的である。
幾斗と歌唄が月ならば、亜夢と空海は太陽だと思う。まるで対照的な組み合わせだから、相性が合うのかもしれない。月詠家へ向かいながら、亜夢はそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
「イクト、水」
「……ん」
着替えてベッドに横なった幾斗に、亜夢はグラスに入った水を差し出す。それをじっと見つめて、何かを言いたそうにしているのだが。
「何?」
「口移しがいい」
ぼそっと零したイクトの言葉に、亜夢の怒りが沸々と湧き起こる。だが、病人、病人と言い聞かせて、亜夢は深く息を吐き出して冷静に答えた。
「水くらい、一人で飲めるでしょ?」
「俺、ビョーニン」
「……」
それは、今自身にも言い聞かせていたのだから、重々わかっているつもりだが。どうも、わざと甘えている気がする。亜夢の反応を、楽しむように。
「一人で飲めっ」
グラスを差し出し、亜夢は幾斗から視線を外す。
「あーあ。病人に対して、ひどい仕打ち。あむって、結構冷たい奴だったんだな」
「はぁ!?」
そういう言われ方をされると、腹が立つ。くぅ、と喉を鳴らすように呻いて、亜夢はグラスの水を口に含んだ。
「あむ。水、もっと」
「……も、ヤだ」
頬を真っ赤に染め上げた亜夢は、幾斗の眠るベッドの脇に力なく座り込んでいた。
「熱があるときって、喉が渇くんだよな」
「……」
それは、わかる。わかるのだが。
先ほどから、何度なく亜夢は口移しで幾斗に水を与えている。水を、というよりは、亜夢の身体中の水分まで盗られそうな勢いである。
熱を帯びた幾斗の舌が、いつも以上に亜夢を感じさせて。これ以上キスを……口移しで水を飲ませていたら、本当に亜夢は涸れてしまうかもしれない。
「じゃあ、水はいらないから。あむ、おいで」
布団を捲って、幾斗は亜夢に隣に添い寝するように指示する。幾斗から与えられた熱のせいで、それに反発する元気もなく、亜夢はすごすごと幾斗の隣に入っていった。
「あむがいると、俺が潤う」
「……」
その反面、亜夢が渇いてしまうのだが。思ったが、亜夢は言わなかった。口を開く元気さえ、今はない。
背中越しに、幾斗の体温を感じる。熱があるのは、間違いないのだが。きつく抱き締められていると、幾斗が病人だということを忘れてしまいそうになる。胸がドキドキして、キス以上のことを求めてしまいそうで。
「すげぇ。あむ、ドキドキしてる」
回した腕に伝わる、亜夢の心音。洋服越しでもそれを感じ取れるほど、亜夢の心臓は高鳴っているのだ。胸のときめきに気づかれて、亜夢の鼓動は尚更速くなってしまった。
「何……考えてる?」
耳元で囁かれて、亜夢は壊れそうになる。これ以上ないというくらい、心臓は早鐘を打っていて。どうにかなってしまいそうだ。
「そういう……意地悪するんだったら、帰る」
帰るつもりもないのに、亜夢は意地を張ってそう言った。このまま、幾斗に流されるわけにはいかない。しっかりと、自分を持たなくては。
「帰すかよ」
亜夢を抱き締める幾斗の腕に、自ずと力が入った。
「……イクトなんか嫌い」
「はいはい」
幾斗に背中を向けたまま、亜夢が呟く。
「あたし、だめって言ったのに」
「あむの身体は、そう言ってなかったけどな」
「……」
心も身体も潤った幾斗は、上機嫌である。不機嫌なのは、拒否していたにも拘らず幾斗に抱かれてしまった亜夢だ。
「正直だから、あむの身体は」
言いながら、幾斗は亜夢の背筋に口づける。気のせいだろうか。熱が、下がっている気がする。最中は、確かにいつもよりも熱かったのに。
「……熱、下がったね」
ほっとして、亜夢が言葉を漏らす。
「ああ、あむのおかげ。いっぱい汗、かいたから」
「……」
わざとなのか、どうかはわからないが。幾斗はいつも、亜夢が恥ずかしく思うことを平気で口にする。その一つ一つに亜夢がどれだけ惑わされているか、知らないのだろうか。
「あたし、そろそろ帰るから」
言ってベッドから出ようとする亜夢を、幾斗が制す。
「泊まっていけよ。歌唄の家に」
「……」
幾斗の家に泊まる、とは未だに両親には言えなくて。亜夢はいつも、歌唄の家に泊まる、と言って、両親から許可をもらっていた。歌唄の家だと、何故か両親も安心するらしくて。幾斗と歌唄が兄妹だとは、思ってもいないから。
「……もう、しないよ」
「大丈夫」
幾斗の言った、大丈夫がどういう意味なのか、わからないけれど。結局、亜夢は幾斗の説得に負けて、家に連絡を入れることになったのだ。
大丈夫。亜夢は嫌がっても、身体は正直だから。
幾斗の言葉にそういう意味が含まれていたことを、亜夢は知らない。
しゅごキャラ!/「おいで」とその目に導かれ■END