しゅごキャラ!/近距離注意報!


「海?」

「そ」

 亜夢が宿題をしていたら、不意にカーテンが風になびき、幾斗が姿を現した。そして唐突に、『海、行かね?』と誘ってきたのである。

「……今、何月か知ってる?」

「泳ぎに行くんじゃねぇよ。別荘の掃除」

 まだまだ暖かいとはいえ、ほどよく朝晩が冷え込むようになってきた時期である。海で泳ぐのには少々遅い気もして、そう言ったのだが。

「掃除?」

「親父に頼まれた」

 素っ気なく、幾斗は答える。暖かければ泳いでも構わないだろうし、目的は掃除というのであれば、と軽い気持ちで亜夢は承諾した。

「いいけど、いつ? 歌唄、休み取れたの?」

 当然、妹の歌唄も行くのだろう、と思って、亜夢はそう聞いたのだが。

「歌唄の休みなんか知らねぇよ。他の奴らを誘う気、ねーし」

「え……。二人で行くの?」

 年頃の娘が、男の子と二人きりで旅行に行くのを許してくれる両親ではない。海には行きたいが、返事に困る。

「嫌?」

「あ、いや。その……」

 聞かれ、亜夢は口ごもる。決して、嫌なわけではないのだが。幾斗と二人で旅行すると言って、果たしてあの両親が、承諾してくれるだろうか。

 亜夢が困った表情をしたので、幾斗は、ぷ、と噴き出して笑う。

「冗談。歌唄とか唯世とか誘えよ。みんなで行こう」

 亜夢の頭を、ぽんぽん、と叩きながら、そう言った。

 気を、遣ってくれたのだと思う。本当は、亜夢だって幾斗と二人で旅行に行きたい。でも何よりもあの父が、それを許してはくれないだろう。そう思ったから、きっと幾斗も気を遣ってくれたのだ。

「楽しみにしとく」

 幾斗の心遣いをありがたく胸にしまい、亜夢は言った。

◇ ◇ ◇


「で、どうして僕が行かなきゃなんないわけ?」

 海までのドライバー役に抜擢された悠は、不服そうに言った。

「しょうがないじゃん。大人の人がいなきゃだめって言われたんだもん。あ、因みに、高校生は不可だから」

 助手席に座っている亜夢が、すかさずそう言った。

「どーせ暇なんでしょ、先生?」

「生徒の面倒を見るのは、教師の役目よ」

「お世話になります」

「うみー、うみー♪」

 後部座席から、ややとりまが言い、なぎひこは丁寧に頭を垂れる。そして亜実は、嬉しそうにずっと歌っていた。

 両親に海へ行くことの許可を取っていたら、話を聞いていた亜実が、『あみもいくーっ』と言って聞かなかったため、今回の旅行に参加することになったのだ。

「ゆかりの奴、大丈夫かな。久しぶりの休日だって喜んでたのに」

 後ろを走るゆかりの車をバックミラーで確認しながら、悠がそう言った。

 悠の予想通り、と言えばそうなのかもしれない。ゆかりの機嫌は、最悪だった。

「まったく。どうしてあたしが運転手なんかしなくちゃなんないわけ!?」

 出発してからずっと、ゆかりは文句を言っている。

「三条さんにしか頼めなかったのよ」

 助手席に座っている歌唄が賺すように言うが、そろそろゆかりの機嫌取りにも厭きてきた。ふぅ、と息を吐いて後部座席に目をやれば、幾斗はドアにもたれかかって目を瞑り、空海は唯世と楽しそうに話をしていた。

「ところで、今から行くのって専務の別荘なの?」

 不意に、ゆかりがそう問うた。

「ええ。長いこと使ってなかったから、空気の入れ替えをしてきてほしいんですって」

「ふぅん。まぁ、タダで寝泊まりできるんだし。ラッキーって思わなきゃ、損よね」

 面倒そうな表情をしながら、ゆかりは肩を落として運転を続けたのだった。

◇ ◇ ◇


「……でかっ」

「あむ、玉の輿?」

「は!?」

「相馬くんも、でしょ?」

「俺!?」

「いい人見つけたねぇ、あむちも空海も♪」

 亜夢たちの会話を聞いて腕を組みながら、うんうん、とややが頷く。

「とにかく、中に入ろうか。イクトくん、鍵は?」

「ああ、持ってる」

 その光景を後ろから見ていた悠が、先陣を切って幾斗から受け取った鍵でドアを開けた。ぎぎ、と鈍い音がする。

「……随分、埃っぽいねぇ」

「長いこと使ってないって言ってたからな」

 ぽりぽり、と頬を掻きながら、悠は面倒そうな表情をする。そんな悠の背中を、ばん、と力強くゆかりが叩いた。

「グズグズしてないで、さっさと掃除するわよ」

「……ゆかり、痛い」

 ぐすん、とわざとらしく鼻を啜る悠を無視して、ゆかりは室内に足を運んだ。

◇ ◇ ◇


「こんなもんかな」

 手の甲で額についた汗を拭いながら、亜夢は息を吐いた。ぐるり、と室内を見渡す。簡素で小ぢんまりとした部屋だが、妙に落ち着く。

「終わったか?」

 様子を見に来た幾斗が、亜夢に声をかけた。

「うん。そっちは?」

「こっちもほとんど片づいた。今、三条さんと歌唄が、飯の準備してる」

「あ、じゃあ、手伝わなきゃ」

 手に持っていた雑巾をバケツに入れて、亜夢は立ち上がる。そうしてドアに向かった亜夢を、幾斗が止めた。

「こうして掃除してると、なんか新婚みたいだな」

 幾斗の言葉に、亜夢の顔が赤く染まる。掃除をしながら、亜夢も同じことを思っていた。思いながら恥ずかしくなり、自分の考えを打ち消していたのだが。

「ば、馬鹿じゃん? みんないるのに……」

「本当。邪魔だよな」

 言って、幾斗は亜夢の唇を塞ぐ。不意な幾斗の行動に、亜夢は呼吸の仕方を忘れてしまった。

 苦しいのに、幾斗のキスは気持ちがよくて。抵抗する気を、阻害される。

「あーっ。おねいちゃん、ちゅーしてるー!」

「!?」

 無邪気な亜実の声が、別荘内に響き渡ったのだった。



 結局、その日は片付けだけで終わった。部屋数は十分にあったため、一人一部屋を使うことになった。
 亜実は唯世を気に入っていて、唯世と一緒じゃないと嫌だ、と泣き喚いたため、唯世と同室である。

「ふぅ、疲れたー」

 シャワーを浴びて、亜夢は部屋のベッドに横たわる。

「重い……」

「!?」

 布団ではない感触と声で、亜夢は慌てて身体を起こして布団を捲った。

「よ」

 中に包まっていたのは、幾斗だった。亜夢がシャワーを浴びている間に、忍び込んだらしい。

「誰かに見られたらどうすんのよ!?」

 小声で、亜夢は幾斗に怒鳴る。昼間の件もあるので、できれば二人になるのを避けたかったのだが。

「平気だって。もう、みんな寝てるし」

「そういう問題じゃ……っ!」

 亜夢が言い終える前に、幾斗は亜夢の唇を塞いだ。口づけが終わると、力なく亜夢は幾斗にもたれかかる。

「ちょっと出かけようぜ」

「……今から?」

「そ」

 幾斗の顔色を窺うように顔を上げれば、幾斗の唇が落ちてきた。それを受け入れると、幾斗は亜夢の手を取ってベッドから降り、ドアに足を向けた。

◇ ◇ ◇


「うわぁ。きれー……」

 見上げれば、満天の星空だった。少し危険な場所ではあるが、幾斗は亜夢を別荘の近くの崖の上に連れてきた。そこが、一番星がきれいに見える場所である。

「絶対に、あむを連れて来たかったんだ」

 喜んで顔を緩めている亜夢の後ろから、幾斗は優しく抱き締める。そしてそのまま、亜夢の服のボタンに手をかけた。

「い、イクト……!?」

「星を数えてる間に終わるから」

 驚いて亜夢は幾斗を止めようとするが、幾斗は手の動きを止めない。

「ま、待って……。だって、ここ、外……」

 幾斗が亜夢に触れる度、力が抜ける。それだけを言うのが、精一杯だった。

「別荘だと、声出せないぜ」

「え?」

 幾斗の囁きに、亜夢は目を丸くする。

「部屋にいるときに、歌唄の声とか聞こえてきたから」

「……!」

 かぁ、と顔が火照るのがわかった。

「と、とかって……?」

 幾斗の愛撫に身を捩らせながら、亜夢は問う。

「三条さんと、あとはあむの友達の……りまって子、だと思う」

「り、りま、も……!?」

「たぶんな。確認したわけじゃねぇし」

 確認されても困るが、と思ったが、口にはできなかった。幾斗の行為に抵抗する術もなく、亜夢はそのまま流されて、幾斗に身を委ねた。



「……背中痛い」

 亜夢は、服のボタンを留めながら呟いた。

「俺の服も敷いてたんだけどな。悪い」

 背中を擦りながら、幾斗は亜夢の様子を窺う。さすがに、崖の上は足場が悪くて。最中はあまり感じなかったのに、終わると途端に背中がヒリヒリし始めたのである。

「でも、初めてだな」

「何が?」

 ぼそ、と幾斗が嬉しそうに口を開いた。

「アウトドアセッ……」

「言うなーっ!!」

 満天の星空に、亜夢の叫び声が木魂した。亜夢の反応に、楽しそうに幾斗は笑っている。この幸せが永遠に続けばいいのに、と思いながら、幾斗は亜夢と一緒に別荘を目指した。
 別荘に着いた時には、太陽が目を覚ましそうな時刻になっていた。

 その日は天気もよく、全員が水着を着て海で泳ごうとしていたのだが。

「あむ、水着は?」

「う、うん。ちょっと……」

 全員が水着に着替えている中、亜夢だけは洋服だった。それを訝しんで、りまはそう問うた。言葉を濁して、亜夢はりまとは目を合わさないように努める。

「あむ、水着は?」

 りまと同じ言葉を、幾斗に投げかけられた。

「だ……」

 ニヤニヤと笑う幾斗に、亜夢は沸々と怒りが込み上げる。

 水着を着て鏡を見た亜夢は、胸元に無数の花弁を発見した。それ故に、水着を着ることができなかったのである。

「誰のせいだと思ってんのよー!!」

 別荘に、亜夢の幾斗を怒鳴る声が響く。してやったり、と言わんばかりの幾斗を、亜夢は追いかけていた。


しゅごキャラ!/近距離注意報!■END