しゅごキャラ!/未経験区域(1)
『愛してる……』
「!?」
突如聞こえてきた男の声に、亜夢は思わず振り返った。そこにあるのは壁1枚。誰がいるわけではないので、きっと声の主はその壁の向こう側にいるのであろう。
『……ぁ、……っ』
「!」
先ほどとは違う、女の声。何も言わない壁を見つめたまま、亜夢は固まってしまった。
(こ、これは、もしかして……!?)
「あむ」
「ぎゃああああっ!!」
ぽん、と肩に手を置かれて、亜夢は悲鳴を上げた。
亜夢を呼んだのは、目を丸くして驚いている幾斗であり。ここは幾斗の部屋なのだから、彼がいるのは当然なのだ。
それなのに、壁の向こうから聞こえる声に集中してしまってそれをすっかり忘れていた。
「な、なななな、何!?」
壁から遠ざけるように幾斗を押しやり、亜夢は聞く。明らかに不自然な亜夢の行動に、幾斗は首を傾げた。
「どうかしたか?」
「ど、どうもしない!」
「……」
変だ。変すぎる。
あからさまに顔を茹蛸のようにして、幾斗の胸を押し退ける。一体何が、と考えるより先に、答えが声として返ってきた。
『ああ……っ!!』
「!」
「……」
一際大きな声が、隣の部屋から幾斗の部屋まで筒抜けた。いつになく艶めかしい声ではあるが、間違いなくそれは歌唄の声で。
そういえば、と幾斗は空海が家に来ていたことを思い出した。
「これか?」
「な、なな、何が!?」
ため息を吐いて、幾斗は亜夢を眺める。
「あむの挙動不審の原因」
「……」
押し黙るところを見ると、やはりそうなのであろう。
真っ赤に茹で上がった頬は、なかなか冷めず。幾斗が凝視するせいで、熱は上がるばかりだ。
『あ、ぁあ……、ん……っ』
そんな二人の胸中を察するわけもなく、歌唄の声は聞こえてくる。
身内の最中の声というものは、アダルトビデオを観るよりもずっと幾斗を刺激させて。このまま二人で同じ部屋にいるのが、段々と蛇の生殺しのように思えてきた。
ずい、と亜夢に顔を近づけると、びくっとしたように亜夢はその身を震わせた。怯える表情にさえ愛しさを感じるのは、変態なのだろうか。
「……」
ゆっくりと亜夢の頬に手を添えて、そっと唇を寄せる。
何度もキスしたはずなのにいつもと感じが違うのは、きっと壁の向こうから聞こえてくる声のせいであることはわかりきっていた。
啄ばむように何度も亜夢の唇を食む幾斗のキスに、いつも以上に胸がときめいて。もしかしたら、そこから先に進んでしまうのかもしれないという恐怖と妙な期待があって。亜夢は、きつく目を閉じた。
ふ、と口元を綻ばせ、幾斗は亜夢の首筋に顔を埋める。びくん、と亜夢の身体が反応した。そこを軽く吸って痕を残し、耳朶に触れるように唇を寄せた。
幾斗の吐息が耳にかかる度、身体の力が抜けてくる。
今この場で立ってみろと言われても、きっと立ち上がれないほどに。
「バーカ」
「!?」
そんな亜夢の心境を察してか、幾斗は、ぱく、と亜夢の耳を噛んだ。
「緊張しすぎ」
「……」
噛まれた耳を押さえて幾斗を見れば、穏やかな表情で亜夢を見つめていて。
「いきなり襲ったりしねぇっての」
ぽん、と大きな手が亜夢の頭に乗った。いつだったか、亜夢が本気で嫌がることはしない、と言われたのを思い出す。
あの言葉が嘘でなかったのと同じように、きっとこの言葉も本当だろう。
「……エロ猫」
幾斗の唇が触れた耳が、熱を持ったように熱い。でもそれ以上は触れてこない幾斗の優しさに、亜夢は安心感を抱くのだった。
しゅごキャラ!/未経験区域■END
