しゅごキャラ!/もうしばらく、あと少しだけ


「……ん」

 昏々する中で、亜夢は徐に目を開けた。意識がはっきりして、ようやく他人の腕の中にいることを理解する。

 亜夢を抱き締める腕を起こさないようにそっとベッドから抜け出せば、床に衣服が散乱していた。それは昨日、亜夢が身に着けていた物で。その散らばった衣服から昨夜の情事を思い出し、ぼっ、と火が点いたように一瞬で亜夢の頬が紅潮する。

 ちら、とベッドを窺い見れば、あどけない寝顔で眠る幾斗がいて。とても、昨夜の人物と同一だとは思えなかった。

 そっと幾斗にシーツを被せ、亜夢は衣服に手を伸ばす。
 すると。

「ひゃ……っ!?」

 不意に手が伸びてきて、亜夢はその手に掴まってしまった。

「お、起きてたの!?」

「今起きた」

 幾斗の手は、がっちりと亜夢の腰に嵌まっている。そのまま亜夢を引き寄せれば、幾斗の猫っ毛が亜夢の腰に触れた。くすぐったくて身を捩ろうとすれば、尚更幾斗の腕に力が込められて。結局、元の位置に収まってしまった。

「服着ようと思ったのに」

「知ってる。だから掴まえた」

「……」

 愛おしむように、幾斗は優しく亜夢を抱き締める。そうされてしまえば、亜夢が動けなくなることを見抜いているのだろう。

「あむが……」

「え?」

 言いかけて、幾斗は亜夢の肩に顔を伏せた。亜夢の位置からは、まったく幾斗の表情は窺えない。

「腕の中にいたはずのあむがいなくて……怖かった」

 幾斗の低い声が、亜夢の耳元で響く。ぞく、とするより先に、幾斗の切ない想いが伝わってきて。亜夢は、身動ぎながら幾斗を向いた。

「馬鹿猫。ここにいるじゃん」

 くす、と口元を綻ばせる。それから徐に、亜夢は幾斗を胸の中に抱いた。母が子を宥めるように、優しく幾斗の頭を撫でる。幾斗の耳に、亜夢の生きている音が伝わって。目を閉じて、幾斗はそれを感じていた。

「今まで……こんな幸せ、感じたことなかった」

 亜夢の胸先に顔を埋めて、幾斗はその身を竦ませる。亜夢よりも大きなはずのその身体が、今はとても小さく見えた。怯えている。その表現が、よく合うほどに。

「いるよ、ずっと。ずっとイクトのそばにいる」

「……」

 無意識に、言葉が出ていた。幾斗が寂しがっているのが、亜夢に伝わって。幾斗が怖がっている原因が亜夢だとしたら、言わずにはいられなくて。

「ん……っ」

 幾斗は顔を上げて、亜夢に表情を見られないよう素早く亜夢の唇に吸いついた。啄みながら、そして時には亜夢の唾液さえも吸飲するかの如く、執拗に貪る。

「……ん、ぁ……」

 わずかな隙間から、亜夢のくぐもった声が漏れた。それが余計に、幾斗の内にある欲望を奮い立たせる。

 幾斗が亜夢の身体を弄る度に、体の奥が締めつけられそうに苦しくなって。その快楽に喘ぐ声を我慢することなんて、亜夢の脳裏からはすっかり切り離されていた。
 そしてその声が、一段と幾斗を刺激する。

 痛快の渦に呑まれながらも、幾斗の中からは不安が消えなくて。それを打ち消したくて、幾斗は亜夢への愛撫に神経を集中させた。ざらついた舌で亜夢の身体中を舐め回しながら、両手は亜夢を掴んで離さない。

「ぃ、く……と」

 虚ろになりそうな意識の中で、亜夢は何とか幾斗を呼ぶ。幾斗は唇を身体に這わせたまま、さ迷う亜夢の手を握った。
 繋いだ先から亜夢の存在を感じて、交わったところから亜夢の鼓動を感じる。

 拭っても拭い去れない想いを胸中に潜めながら、もう何度亜夢を抱いただろう。どんなに身体を重ねても、それが夢のように消えてしまうのが怖いなんて、馬鹿げている。他人が聞いたら、惚気にしか聞こえないかもしれない。

 自虐的に笑い、幾斗は隣で規則正しい寝息を発てている亜夢を抱き竦めた。
 目が覚めても、腕の中にいるように。亜夢の身体を縛るように、抱き締める腕にきつく、力を込めたのだった。


しゅごキャラ!/もうしばらく、あと少しだけ■END