しゅごキャラ!/人気者の君に妬く
テレビをつけてもラジオを聴いても、一人の女の子の歌しか流れていなかった。
それが自分の彼女だと思うと、自虐的に笑えてしまう。
そのとき、不意に携帯が鳴って、空海は名前も見ずに通話ボタンを押した。
『空海?』
「――…」
前もって着信名を見るべきだった、と空海は勢いで通話ボタンを押したことを後悔した。
まさか相手が、気分がむしゃくしゃしている元凶である歌唄だとは、思いもしなかった。
『少し時間が空いたの。今から、出て来れない?』
「悪ぃ。今、忙しい」
『え? くぅ……』
歌唄の声を遮って、空海は電話を切った。ぐ、と携帯を握り締め、思い切り床に叩きつける。
「情けねー……」
はぁ、と深いため息を吐いて、空海はベッドの倒れ込んだ。
歌唄が悪いわけではない。悪いのは、心の狭い空海だ。
それなのに、歌唄に八つ当たりをしてしまった。激しく自己嫌悪に陥り、空海は目を閉じる。
歌唄は、歌手として人気絶頂中であった。テレビや雑誌にもよく顔を出している。仕事も忙しくなって、約束をおざなりにされることも多々あった。
それでも空海は歌唄を愛していたし、歌手として輝いている歌唄を見るのが好きだった、はずだった。
一体いつから、こんなにも情けない男に成り下がってしまったのだろう。
ぎり、と歯を食い縛り、きつく拳を握る。それをベッドに叩きつけるも、勢いが布団に飲み込まれてしまってすっきりしない。
「……っ」
身体を起こして、空海は力任せに自分の頬を殴った。口端が切れて、血の味が口内に広がる。それでもやっぱり、全然気持ちが晴れなくて。
もう一度頬を殴ろうとした刹那、バタンと勢いよく部屋のドアが開いた。
客だぞ、と言いながら兄・海童は、後ろに連れていた空海の客を部屋に招き入れる。
「……!?」
思いがけない客に、空海は空いた口が塞がらなかった。
「んじゃ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
部屋を後にする海童に、歌唄は軽く会釈をした。ドアが閉まるのを確認して、歌唄はゆっくりと空海を見据える。
「何が忙しいの?」
「え? あ、いや……」
ばつが悪そうに頭を掻きながら、空海は歌唄から視線を反らす。まっすぐに見つめられると、空海の中の醜い感情がまた騒ぎ出しそうで怖かった。歌唄を、これ以上傷つけたくないのに。
電話を切ってから、まだ10分も経っていない。歌唄は電話をしたとき、既に空海の家の前にいたのだろう。それがわかって、空海は余計に嘆かわしくなる。歌唄に対してではなく、限りなく幼稚な自分に。
「ごめんね、急に来て。時間が取れたから、どうしても空海に会いたかったの」
俺もだ、と声を大にして言いたいのに、そのたった一言も口にできない。
「じゃあ、帰るわね」
「……っ、歌唄!」
身を翻した歌唄を、空海は後ろから抱き竦める。どんなに情けなくても、どんなに幼稚でもいい。歌唄がいなくなってしまうことに比べたら、それは全部些細なことだ。
「もう少し、だけ……」
「……うん」
回された空海の腕に手を添えて、歌唄は眼を閉じる。
会いに来て、ちゃんと空海の顔を見れてほっとした。少なくとも嫌われたわけではないということがわかって。
歌唄を抱き締めていると、心が落ち着いてくる。あれほどむしゃくしゃしていたはずなのに、今ではどうしてあんなにイラついていたのかさえわからないほどだ。
今日のイライラも、きっといつかは笑い話になるだろう。それまでに、何度こうして歌唄に嫉妬するか知れないけれど。
しゅごキャラ!/人気者の君に妬く■END