花より男子/その顔見たさについ


 それは、本当にたまたまだった。
 ショーウィンドウに展示された椅子が、呼んでいる気がして。思わず、店の中に入ってしまった。

「いらっしゃいませ」

「あのショーウィンドウに展示されている椅子を」

「はい、畏まりました」

 類に丁寧に頭を下げながら、店員がショーウィンドウに展示された椅子を運んでくる。目の前で見たら、尚更、それがつくしにピッタリだと思ってしまった。

◇ ◇ ◇


「うん、美味しい♪」

 肉じゃがの味見をして、つくしは火を止めた。すると、トントン、とドアをノックする音が聞こえて、はーい、と声を出しながら玄関を開けた。

「花沢類! ……と、椅子?」

 玄関先にいた類が、リボンがかけられた椅子を大事に持っていたので、つくしは思い切り首を傾げてしまった。その表情が面白くて、つい類は、ぷ、と噴き出してしまう。

「ヘンな顔」

「な!?」

 類の言葉に、つくしは頬を膨らませる。

「冗談だよ。――これ、あんたが好きそうだと思って。買ってきたんだ」

 持っていた椅子を玄関の入り口に置きながら、類がそう言ってつくしを見つめた。え、と驚いた表情をして、つくしは目の前に置かれた椅子と類に、代わる代わる視線を送る。

「こういうの、嫌い?」

「え、ううん。そんなこと……」

 むしろ、それはずっとつくしが欲しかった椅子で。以前、優紀と買い物をしているときに見つけたショーウィンドウに展示されていた椅子と同じものだ、とすぐに気づいた。
 喉から手が出るほど欲しかったのに、これから先の生活苦を考えるととても手が出なくて。すっかり諦めていた椅子である。

 あ、と閃いたように、つくしは類に顔を近づけた。

「優紀に聞いたんでしょ、あたしがこの椅子を欲しがってるって?」

「え?」

「そりゃ、欲しいな、とは思ってたけど、だからって買ってもらおうなんてつもりは――…」

「俺の独断だよ」

 つくしの言葉を遮って言った類に、つくしは目を丸くした。

「欲しかったんだ? ちょうどよかったね」

「……」

 心底ほっとしたように言う類を見ていたら、つくしはなにも言えなくなってしまって。墓穴を掘ってしまったのだ、とすぐに気づいた。

「この椅子に、呼ばれた気がしたんだ。実際に見たら、あんたの顔が浮かんで。もしかしたら、あんたの怨念が残ってたのかもね?」

「お、怨念……!?」

 くく、と声を殺して類は笑う。そうして、ぐい、と腕を掴んでつくしを抱き寄せた。

「は、花沢類!?」

 突然のことに、つくしはテンパってしまって。でもそんなことはお構いなしに、類は抱き締めた手を緩めようとはしない。

「誕生日、おめでと」

「……え?」

 当の本人であるつくしも忘れていた、事実。
 今日は、つくしの誕生日だった。

「……ありがと」

 覚えていてくれて。類の腕の中、素直にそう言葉が出た。少しだけ身体を離されて、見上げれば類のきれいな顔がつくしの瞳に映った。その顔が、段々と近づいてきて。

 つくしが、目を閉じた瞬間。


「Happy Birthday♪」


 ばたん、と閉めたはずのドアが開くとともに、室内に声が響いた。

「あら?」

「もしかして、お邪魔だった?」

 はは、と乾いた笑みを洩らす、総二郎とあきらがいて。明らかに、類は不機嫌な表情をしていた。

「どうせ一人だろうから、誕生日でも祝ってやろうと思ったんだけど」

「類がいたなら、来る必要もなかったな」

 総二郎とあきらも、つくしの誕生日を祝いに来てくれたらしい。誕生日を覚えていてくれただけでも嬉しい限りなのに、わざわざ祝いに来てくれるなんて。
 堪らなくなったつくしの目尻に、涙が滲んだ。

「あり……」

「なんでおまえらが、こんなところにいんだよ?」

 ありがとう、と言おうとしたつくしに被せるように、言葉が降ってきた。いつの間にか総二郎とあきらの後ろに立っていた、司である。
 眉間に、思い切り皺が寄っている。不機嫌極まりない、と言わんばかりの顔付きだ。

「今日は、俺が牧野を祝うんだから。みんな、帰って」

「ち、ちょっと、花沢類……!?」

 ぎゅ、とつくしを強く抱き締め直し、類が言った。

「はぁ!?」

 納得できない、と言わんばかりに、司は声を荒げる。

「……ぷ」

 その光景に、思わずつくしは笑ってしまった。

「ふふ。あんたたちって本当、かなり変だよ」

 類と司は顔を見合わせて、観念したように口元を緩ませる。そんな類と司の肩に、総二郎とあきらは手を乗せて。
 つくしの笑顔が見れてよかった、と。誰もが、そう思った。


花より男子/その顔見たさについ■END