花より男子/目を逸らした隙にキス
「ありえないっつーの……」
道明寺家のクリスマスパーティに招待されたつくしは、道明寺邸に着いて早々、後悔した。
「なにが、普段着でいい、よ。いいわけないじゃん」
パーティ会場にいる人々と自分の姿を見比べながら、司の言葉を真に受けた自分に沸々と怒りが込み上げてくる。帰ろう、と決めて踵を返せば、いて、と壁にぶつかって。鼻を、打ってしまった。
「どこ行くの?」
「……花沢類」
鼻を押さえて見上げれば、そこには類がいた。帰ろうとしていたのを、見透かされていたようだ。
「こんな格好じゃ、行けないから」
眉尻を下げてそう言えば、類は着ていたスーツの上着を脱いで、ふわり、とつくしにかけてくれた。驚いて目を丸くするつくしを尻目に、類はつくしの肩を抱いてパーティ会場に足を向ける。
「司」
会場の中央にいた司に声をかけると、類とつくしに気づいた司は、二人の光景に一瞬で眉間に皺を寄せた。
「牧野、気分悪いんだって。ちょっと外に出てるから」
「え?」
類の言葉に、司は驚いたようにつくしを見やった。戸惑いながら、つくしは視線を下に落とす。
「大丈夫かよ?」
「う、うん」
視線を、司と合わせられなくて。そうして類に肩を抱かれたまま、つくしはバルコニーに連れていかれた。
「司に顔だけ見せておけば、あとはここでいいと思うよ。来たっていう事実が大事なんだから。なにか食べたいものがあれば、俺が持ってきてあげる」
「……ありがと、花沢類」
賑やかなパーティ会場とは異なり、暗くて人気のないバルコニーなら、つくしの格好も目立たなくて。おまけに、類のスーツがそれを隠してくれているから、尚更だ。
その二人の様子が気になりながらも、会場から姿を消すに消せなくて。司は時折、二人の様子を伺うように、バルコニーに視線を送っていた。
「皆さま。もう間もなく、12時を迎えます。ご一緒に、カウントダウンをしましょう」
主催者である楓がそう言うと、一斉にカウントダウンが始まった。つくしは、相変わらず類とバルコニーにいて。その光景を、じっとそこから眺めていた。
「カウントダウンが終わったら、帰ろうか?」
ぽん、と類の大きな手がつくしの頭に乗る。うん、とつくしが頷けば、会場から、ゼロっ、と大きな声が響いて。電気が、消された。
え、とつくしが戸惑うと同時、頬に一瞬、温もりが触れて。次の瞬間には、壮大なイルミネーションが、明々と点灯された。
「Merry X’mas」
きれいな英語で、類がつくしを見つめる。その背景には、煌びやかな世界が広がっていて。普段からキレイな類を、尚更きれいに写した。
「めりー、くりすます……」
ぽつり、とつくしが呟けば、ビー玉の瞳を細めて類は微笑んでくれた。頬に触れた温もりは、きっと類のものだっただろう。でも、類は平然としているから。つくしも、気にしないように努めた。
司に呼ばれたクリスマスパーティ。過ごした人は司ではなかったけれど、こういうクリスマスもありなのかもしれない。
優しい瞳に包まれながら過ごした、クリスマス・イヴ。明日、隣にいるのは違う人かもしれないけれど。でも、それでも今は、この穏やかな空気に包まれていたいから。
寒い夜空の下、つくしの心は思いの外、暖かかった。それはきっと、この人のおかげだ、と。わずかに類に寄り添いながら、つくしは目の前に広がるイルミネーションを眺めていた。
花より男子/目を逸らした隙にキス■END