花より男子/ユキワリソウ(21)
「じゃあ結局、みんな幸せっつーことか?」
面白くなさそうに、あきらがつくしたちを見回しながらそう言った。
「本当、嫌んなっちゃう。あたしみたいに可愛い女の子に彼氏がいないなんて、ありえませんよねぇ?」
同意を求めるように、桜子はあきらを見るが。それを、あきらはきっぱりと否定した。
「おまえは性格直さなきゃ、まず無理だろ」
「あ。美作さん、ヒドい」
むっ、としたように、桜子はあきらから視線を反らした。その視線の先にいたつくしと目が合って、桜子は反射的ににっこりと微笑む。
「おめでとうございます、先輩。それから、優紀さんも」
優紀に視線を移して桜子が言うと、優紀も微笑んで、ありがとう、と言葉を返した。
「総二郎。お前、茶道の文化を世界に広めるって話はどうなったんだ?」
あきらが、総二郎に視線を向けて聞いた。ああ、と思い出したように、総二郎は口を開く。
「まだ、途中だったんだけどな。牧野じゃねぇけど、放っておいたらいなくなっちまう女が、ここにもいたんだよ」
ふ、と口元を緩ませて、総二郎は優紀の肩を抱いた。じっと総二郎を見上げて、優紀は眉間に皺を寄せる。
「あたし、いなくなったりしませんよ?」
「どーだか。勝手にさよならしようとしたのは、誰だっけ?」
「……」
言葉に詰まって、優紀は下を向いた。
確かに、一度は別れを決意したけれど。今はもう、そんな気持ちはまったくなかった。それどころか、放したくない、という独占欲が強くなってしまった気がする。
「あきらも、そろそろ身を固めた方がいいんじゃないのか? 縁談の話、来てるんだろ?」
優紀の肩を抱いて、総二郎はあきらを向いた。んー、と考える素振りをして、あきらは口元を綻ばせる。
「運命を感じさせる女に出会ったら、それも考えるけど。今はまだ、牧野以上の女はいねぇし」
「え?」
あきらがあまりにも自然に言った言葉に、つくしは反応してしまった。
「ああ、言ってなかったっけ? 俺、牧野のことが好きなんだよ」
その言葉に、つくしの顔はみるみる赤く染まっていく。そんなつくしを見て、不満そうな表情をして類はつくしを抱き締めた。
「これは、売約済みだからね」
「……あたしは商品かい」
がく、と肩を落として、つくしは呟く。
「牧野ほど強烈な女が二人もいてみろ。身体が持たねぇよ」
総二郎が頭を掻きながら言うと、違いない、とあきらも微笑った。
「類。子供作るなら、男にしとけよ。牧野にそっくりな女なんて、勘弁だからな」
「産み分けでもしろって? それでも100%じゃないんだし、面倒臭いよ。それに、牧野とするときに、そういうこと考える余裕なんてない」
「類っ!!」
顔を真っ赤にして、つくしは類の口を塞ぐ。どうして、こうも恥ずかしいことをペラペラと言ってしまえるのだろうか。理解に苦しむつくしを尻目に、F3は笑い合っていたのだった。
◇ ◇ ◇
「本当に?!?」
きゃあ、とはしゃいで、滋は優紀に飛びついた。
司と滋にも結婚の報告をするため、揃ってニューヨークの道明寺邸に来ていた。もちろん、というか、何故か桜子まで一緒である。
「ニッシーも、とうとう身を固める気になったのね?」
目尻の涙を拭いながら、滋が総二郎を見る。
「運命の女だったんだろうな、俺にとって優紀ちゃんが。どうしても、手放せなかった」
「……西門さん」
ぐ、と優紀の肩を抱いて、総二郎は優紀を見つめた。愛の絆がそこにある、と誰もが感じてしまう。
「運命の赤い糸っていうのはね、切り離してしまえば、それでお終いなんだって。その糸を離さずにたぐり寄せてこそ、真実の愛を探し出すことができるの」
穏やかに、滋は言った。
「あたしは、あたしの糸の先の相手は司だって信じてたから。だから、絶対に放したくなかったの。つくしには、悪いことをしたと思うけど」
申し訳なさそうに、つくしを見やる。それに、慌ててつくしは首を振った。
「そ、そりゃ、結婚式のときは……、確かにショックだったけど。でも今は、類のそばにいられて、すごく幸せなの。もし滋さんが道明寺を掴んでてくれなかったら、今の幸せはなかったかもしれないから。だから、すごく感謝してる」
「……そういう言われ方も、微妙にショックだけどな」
司の言葉に、全員、笑ってしまった。全員が、納得して笑い合える。この瞬間が、堪らなく幸せだった。
誰かを犠牲にして、傷ついたときもあるけれど。それも、今のこの幸せのためだと思えば、忘れられる気がする。
かけがえのない、大切な友人たち。その友人達に囲まれて、生涯の伴侶となるべく人まで見つけられた奇跡に、つくしは感謝していた。
◇ ◇ ◇
それから2ヶ月後の、ある日の出来事である。優紀の様子がおかしいと総二郎から相談を受けて、つくしは優紀と会っていた。
「何か、元気ないね?」
「そう?」
至って、普通に見えるけれど。どこかしら、その笑顔にも影が見えて。総二郎の言っていることは、当たっている気がした。
「悩みがあるなら、相談に乗るよ?」
「……うん」
俯いて、優紀は唇を噛む。しばらくの沈黙の後、優紀は思い口を開いた。
「実は、ね。……来て、ないの」
「来てないって、何が?」
きょとん、として、つくしは優紀を見る。
「だから……、その……。……生理」
ぼそ、と声を潜めて呟いた優紀の言葉に、つくしは目を丸くした。
「えぇ!?」
思わず出たつくしの大きな声に、優紀は慌てる。
「声が大きいよっ」
「ご、ごめん……」
口元を押さえて、つくしは素直に謝る。はぁ、と息を吐いて、優紀は目の前のグラスに注がれているレモンスカッシュを口に運んだ。
「に、西門さんには……?」
「……言ってない」
だよね、と思うが、口にはしない。優紀の様子がおかしく見えたのは、これのせいだったのだ。
「そういうことだろうと思ったよ」
言葉と共に、優紀の頭に大きな手が乗る。振り返れば、そこには総二郎がいて。
「あ……」
どうしよう、と不安げな表情で、優紀は総二郎を見つめた。
「ずっと、後ろで話聞いてたんだ。気づかなかった?」
そう言われて後ろのテーブルを見れば、そこには類も座っていて。つくしに向かって微笑んで、類は立ち上がる。
「出ようか、牧野」
「う、うん」
手を引かれるように、つくしは店外に連れ出されたのだった。
「全然気づかなかった。いつからいたの?」
類と手を繋いで歩きながら、つくしが聞く。
「最初から。あんたが友達の家を出る時から、尾行してたんだよね」
口元に笑みを浮かべて、類は言った。どうやら総二郎は、優紀の様子がおかしい原因が、妊娠ではないかと思っていたらしい。
でも、それを確認できなくて。優紀の行動を調べればわかっただろうが、そこまではしたくなかったらしい。総二郎なりの、優しさなのかもしれない。
「あんたの友達には内緒で、式の日取りとかも早める準備をしてたらしいよ」
「そうなんだ」
相変わらず、用意周到な男だ、とつくしは思ってしまった。きっと総二郎と優紀なら、大丈夫だろう、と安心する。
穏やかになった空気の中、ところでさ、と類はまっすぐにつくしを見つめた。
「あんたも、来てないよね?」
「何が?」
「だから。――生理」
「え!?」
類の口から思ってもみなかった言葉が発せられ、つくしは顔を真っ赤にした。言わせてしまったのはつくしだけれど、こうもあっさり言われるとは思わなかった。
「そ、そう、だっけ?」
類の手を離して、つくしは背を向ける。言われて、初めて気がついた。
「1番最初と2度目のどっちかだろうね。その2回は、避妊する余裕なんてなかったから」
「……」
背を向けたつくしを、類は後ろから抱き竦める。
「できてもいいって思ってたし、俺もあんまり気にしてなかったんだけど。……つくしは、嫌?」
不意に名前を呼ばれて、どきん、とする。ときどき、類はつくしを名前で呼んで、動揺させる。
でも類がつくしを名前で呼ぶときは、愛を確かめるときがほとんどで。類が、不安を感じているときなのだ。
「そんなこと、ないよ」
類の腕の中で身体を捩らせ、類の頬を両手で包む。
「愛してる……」
「……つくし」
言葉と共に、つくしは類に顔を近づけた。
「実は。俺も、式の日取りを早めてるんだ」
「えぇ!?」
つくしが驚いて声を上げれば、ぷ、と類は吹き出して。
「ヘンな顔」
「なっ!?」
その表情が、またおかしくて。類は、つくしを腕に抱いたまま笑った。
放さないよ。そう、言われている気がして。つくしも何も言わずに、類の腕の中にいたが。あまり笑われすぎるのも、面白くなくて。むっ、とした表情をすれば、またそれが面白いと笑われる。
何て悪循環なんだろう、と類の腕の中でため息を吐いてしまった。
でも、そうしていることも幸せで。これから先も、ずっとずっと類といられることが、何よりも幸せで。
つくしは、類の胸に顔を埋めた。類が生きている鼓動が、つくしの耳に響く。それが、いつか聞くであろうウェディングベルのようで。
――愛してる。つくしは、類の腕の中でもう一度呟いた。
つくしの右手の薬指には、スカイブルーの煌きを失くすことなく、いつまでも輝き続ける指輪が嵌められていた。
花より男子/ユキワリソウ■END